【旧ソ連圏 バルト3国リトアニアのなかのロシア】駆け足でカウナス!杉原記念館、メトロポリス・ホテル、鉄道駅

2020-05-04

首都ビリニュスから第2の都市カウナスへ。ビリニュスがポーランドに占領されていた間、ここカウナスが首都でした。第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害により、ポーランドからリトアニアへ逃れてきたユダヤ人は、生き延びるための唯一の手段としてソ連・日本を経由して第三国へと考えていました。そんなユダヤ人に日本の通過ビザを発給して6,000人以上もの命を救った日本人外交官の杉原千畝氏の足跡を辿るため、毎年たくさんの日本人観光客がカウナスを訪れています。杉原千畝氏が領事代理として勤務した旧日本領事館は杉原記念館となっており、また領事館が閉鎖し退去勧告によりカウナスを去る最後の瞬間までビザを発給し続けたという滞在先のメトロポリス・ホテルと鉄道駅を駆け足で回りました。

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△工事により直通電車の代わりに、途中駅から振替バスが出ていました。

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△駅の売店で買ったキビナイ。ビリニュス近郊にある水に浮かぶ美しいトゥラカイ城付近の民族料理だそうです。

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△車窓から見えた不思議な建物

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△高台の閑静な住宅街の中にあります

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△執務室

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△モスクワ日本人学校から贈られた千羽鶴も飾られていました。

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△幸子夫人の部屋には、ケーニヒスベルク時代のことなど、貴重な家族写真とともに紹介されていました。杉原夫妻には4人のお子様がおり、幸子夫人はここカウナスで3男を出産。さらに日本帰国後に誕生した4男となる息子さんは、イスラエル・エルサレムのヘブライ大学を卒業されたそうです。杉原千畝氏はイスラエルから“諸国民の中の正義の人賞”を日本人で唯一受賞しています。(関連☆【イスラエルのなかのロシア】〜まとめ〜

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△外観リニューアル工事中のメトロポリス・ホテル

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△派手なラッピングのトロリーで鉄道駅へ向かいます。

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△地元のマダムが大きなバームクーヘンを手に乗り込んできました。お祝いにも食べられるというリトアニアのバームクーヘン“シャコーティス”

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△駅のお店で、あのバームクーヘン“シャコーティス”を購入!

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△鉄道より速んじゃないかと怖くなるくらいスピードを出す乗合バスに乗って、再びビリニュスへ・・・!

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△ビリニュス新市街にも、杉原千畝氏にまつわる場所があります。スギハラ通りもありますし、

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△ネリス川沿いには“杉原桜公園”と呼ばれる場所があり、杉原千畝氏が学んだ早稲田大学から贈られた記念碑があります。

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日本では、杉原千畝氏が生まれた岐阜県に『杉原千畝記念館』が、また、“命のビザ”によって命を救われたユダヤ人難民が、その後ソ連を通過し(モスクワからシベリア鉄道でウラジオストク へ)、そこから船で上陸した日本の敦賀港にも「人道の港 敦賀ムゼウム』があるそうです。

【旧ソ連圏 バルト3国リトアニアのなかのロシア】教会がひしめく首都ビリニュスの旧市街を散策!

ロシアのカリーニングラードから鉄道でリトアニアの首都ビリニュスへ。旧ソ連から1990年に独立を宣言し、現在はEUに加盟しています。中世ドイツとソ連が融合したロシアの飛地カリーニングラードとは雰囲気が一変、ロシア語&ドイツ語の案内板はリトアニア語に、通貨はルーブルからユーロへ、観光客で賑わう世界遺産の旧市街はもうすっかりヨーロッパ!

【旧市街】

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△リトアニア料理ツェペリナイ。飛行船という意味で、飛行船型のじゃがいも餅の中に挽肉が入っています。ビーツのソースのサラダと黒パンのクルトン&黒パン・ポットのスープ。食材は一緒でもリトアニア独自のお料理です。

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カリーニングラードとともに琥珀の産地と知られるリトアニア。今のところ旧ソ連&ロシアを感じるのは、お土産屋さんで見かける琥珀のついたマトリョーシカのマグネットとマトリョーシカくらいでしょうか・・・!

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△16世紀にビリニュス大学の宿泊所として建てられたというホテルに宿泊し、翌朝はビリニュス大学から観光をはじめました。

【ビリニュス大学】

ビリニュス大学は、ポーランドのクラクフ大学(1364年創立)、東プロイセン(現在ロシアのカリーニングラード)のケーニヒスベルク大学(1544年創立。現在はカリーニングラード のカント大学の一部)につづく、中東欧で最も歴史ある大学のひとつだそう。宗教改革の真っ只中1570年にイエズス会が設立した学校が元になり1579年に創立。

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△チケット売り場。(古書室の内部などはツアーのみ)

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△青銅製の扉が美しいヴィリニュス大学の古書室の入り口。 

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△大学の中庭に面している聖ヨハネ教会。鐘楼からはビリニュスの街を一望出来るそうです。

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△こんなにも美しい場所が、ソ連時代には倉庫として使われていたそうです・・・

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△書店では大学グッズが購入できるほか、学生食堂も利用できるそうです。

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△外壁に12星座のレリーフ。18世紀まで、イギリスのグリニッジ天文台と双璧をなすほどの天文観測所があったそうです。

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△言語学部2階のフレスコ画『四季』は、リトアニアがキリスト教化する前の自然崇拝時代の生活が描かれれいます。

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△迷子になりそうな広い構内。中庭にはどんぐりがいっぱい!

 

【聖アンナ教会とベルナルディン教会】

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ゴシック建築の傑作と言われる聖アンナ教会は、1812年フランス帝国のナポレオン1世がロシア遠征のためにここを通り「フランスに持ち帰りたい」と言ったとか。夕方には、赤煉瓦が赤い夕陽を受けて真っ赤に燃える炎のように見えるのだそうです。

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他にも、大聖堂、聖ぺテロ&パウロ教会、聖カジミエル教会(帝政ロシア時代には屋根の上の王冠部分がロシア正教会の玉ねぎ屋根に付け替えられ、ソ連時代には宗教弾圧により無神論博物館になったそう)など、悲劇の歴史を内包した興味深い教会がたくさんあります。

 

【ロシア正教会】

とにかく教会の多いビリニュス!宗派の異なる教会がひしめく旧市街では、ロシア正教会もいくつか見学しました。

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△ロシア通りにあるロシア正教会

 

【夜明けの門】

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△かつてあった城門のうち、この夜明けの門だけが残っています。門をくぐって城外から見ると、色も雰囲気も全く違う門のように見えます。

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△奇跡を起こすという聖母のイコン

夜明けの門から市庁舎広場へ向かいます。

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広場のレストランでリトアニア料理のランチにしました。  

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△じゃがいものソーセージとじゃがいものパンケーキ

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△デザートには、リトアニアのバームクーヘン、シャコーティス

 

【文学の道】

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△リトアニアの作家や文学作品にオマージュを捧げたアートな通り

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△文学といえば、ビリニュスの町にはロシアの詩人アレクサンドル・プーシキンの文学博物館があると聞いていたのですが、タイムリミットで探しきれず・・・!息子のグリゴリー・プーシキンとその妻によって1940年に開館したそう。

 

【琥珀博物館】

カリーニングラードでもロシア唯一の琥珀博物館を見学しましたが、ここリトアニアにも小さなギャラリーのような琥珀博物館がありました。

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△2000万年前の日本産の琥珀も展示されていました。

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ミュージアムショップはもちろん、リトアニアの街中にもたくさんの琥珀製品のお店を見かけます。

 

【KGB博物館】

1944年から1991年までソ連KGBによって使用されていた建物。実際に拷問に使われた部屋や銃殺が行われた地下室、劣悪な環境のシャワー室やトイレなども公開されています。

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△1991年ビリニュス からレーニン像が取り除かれました

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【おまけ】

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△鉄道駅からの車窓で、突如現れた巨大なスターリンと宇宙飛行士!?

さて、旧市街でお食事後、リトアニアを出発します。

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△ニンニク風味の黒パンを揚げたビールのおつまみ“ケプタドゥオナ”。ビーツを使った夏の冷製スープはロシアでも夏の人気スープのひとつです。そして、じゃがいものツェペリナイ。

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△私は、シャウレイの十字架の丘に立ち寄りながらバスで国境を越えたかったのですが・・・空港からエア・バルティックのプロペラ機でラトヴィアのリガへ向かいます!

【中世ドイツ、ソ連、そしてロシア!融合の飛び地カリーニングラード】マジパン博物館、カリーニン像、そして鉄道ヤンタリ(琥珀)号でリトアニアへ・・・!

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さて、2泊3日では足りないくらい!カリーニングラード滞在も最終日の8月12日を迎えました。この日はまず、お土産を購入するため、ブランデンブルグ門(Бранденбургские ворота)の中にあるマジパン博物館へ。

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市内には、赤煉瓦造りが美しい中世の城塞や城壁が残っており、現在修復されて博物館やレストランになっています。王の門、フリートランド門、フリードリフスブルク門、ロスガルテン門・・・など全部で6つある城門を巡るツアーも人気です。

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△(ブランデンブルク門のマジパン博物館 (Музей марципана в Бранденбургских воротах)の入り口

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△マジパン(марципан)は、アーモンドプードル(粉末)と砂糖をペースト状に固めた素朴な甘さのお菓子。起源は諸説ありますが、ドイツでは18世紀まで薬局で売られていたのだそうです。様々な型に入れたり、粘土のように手で成形したりして、そのまま頂いたり、デコレーションに使ったりもします。マジパンの歴史、そして昔の貴重な型や美しい化粧箱のコレクションが紹介されています。

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△マジパンの歴史、そして昔の貴重な型や化粧箱のコレクションが紹介されています。また、博物館内には、マジパンで作られたカリーニングラードの観光スポットも!

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△街歩きで見つけた、ソヴィエトの家や大聖堂、高い橋の脇の小屋など・・・

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ソ連時代のアニメ作品をテーマにした特集コーナーには、チェブラーシカやソ連版くまのプーさんの世界がマジパンで表現されていました。    

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△奥にはお土産用のマジパン屋さんもあります。ドイツ製とカリーニングラード«Поматти» 社のマジパンと、製が販売されていました。1809年ケーニヒスベルク ではポマッティ兄弟が初めてマジパン工場を開き、すぐに評判となりました。ロシア帝国にも輸出され、流行したそうです。

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△カラフルで凝った形のマジパンは、贈り物としても喜ばれます。年末年始が近づくと、ドイツでは幸運を運んでくれるアイテムとして豚の形のマジパンが縁起物のひとつなのだそうです。

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△ケーニヒスベルク出身の著名人2人、ドイツの哲学者カントと幻想文学の奇才とも呼ばれた作家で作曲家のホフマンのポートレート・チョコレート。ホフマンは、あのチャイコフスキー作曲のバレエ『くるみ割り人形』の原作を書いた小説家で、ケーニヒスベルク大学ではカントの講義を聴講していたそうです。

お土産を購入して、マジパン博物館から鉄道駅を目指します。

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△レーニン広場のレーニン像

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△途中、カリーニン・エクスプレスという名前のお店を発見!

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△駅が見えてきました。すぐ隣のカリーニン広場に建つのがカリーニン像。

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△ミハイル・カリーニンは、ウラジーミル・レーニン率いるボリシェヴィキに属して活動していた革命家で、その後ソビエト社会主義共和国連邦の最高会議幹部会議長を務めます。レーニン没後は、最高指導者の後継にヨシフ・スターリンを推したと言われ、そのスターリンによってここはカリーニングラード州カリーニングラードと名づけられました。また、カリーニンの出身地であるトヴェリもかつて1931年から1990年まではカリーニンと呼ばれており、現在も通りの名前などにカリーニンの名前が残っています。

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△南駅

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△13時3分カリーニングラード発のヤンタリ(琥珀)号。ロシアでは各車両の入り口に車掌さんがスタンバイしていて、ここでチケットとパスポートを見せて乗り込みます。

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△良い旅を!の文字

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△4人用の個室

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△琥珀号らしく壁には琥珀で飾られた絵がかけられていました。

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△列車が走り出すと間も無く、車掌さんがロシア鉄道グッズを、

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△続いて、琥珀やさんが訪れ、商品を紹介して部屋を回っていきます。

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△長い鉄道旅のお供に・・・鉄道の立体パズルに挑戦することに。さっそく作り始めると・・・パタパタ、パタパタ、可愛い足音が部屋の前を行ったり来たり。

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△お隣の可愛いお客さんがパンツ姿で元気に走り回っていました。さて、くつろいでいると、いよいよ国境が近づいてきました。

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△まずはロシアの職員によるパスポートチェック。続いてリトアニアの職員によるチェック。無事に済んでほっと一安心。

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△チタンと呼ばれる湯沸かし器。紅茶を頼むと、ティーバックとカップをくださるので、ここでお湯を入れます。マジパン博物館で購入したクラシックなマジパンでティータイム。

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△パズルもすっかり完成した19時53分、リトアニアのビリニュスに到着しました。

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私にとって初めての旧ソ連圏、バルト3国の旅の始まりです!