【ロシア文化フェスBlog】日本のなかのロシア〜北海道 函館 ロシア人墓地〜 2

2016-11-08

(ロシア文化フェスティバルblogより)

市電「函館どつく」駅から坂道をのぼって徒歩数分、市街地の北西のはずれの函館港を見下ろす高台にある外国人墓地。その一角に、白樺と緑のコントラストが美しいロシア人墓地がありました。

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白い柵で囲まれ、門には鍵がかかっていました。

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紹介文によると、最も古いお墓は、1859年6月29日(露歴)のアスコリド号の航海士ゲオルギイ・ボウリケヴィチのもので、ほかにもロシア軍艦の乗組員25名や白系ロシア人7名など全部で43人のお墓があるそうです。このなかには、初代領事ゴシケーヴィチ夫人や領事館付属聖堂の読経者でのちに魯学校の教師として活躍したヴィサリオン・サルトフも葬られているそうです。

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さて、こちらの門の前で、180度くるりと振り向くと・・・

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そこには函館らしい景色が広がっていました。青森は、緑の感じなどがどこか姉妹都市のハバロフスク地方に似ていましたが、函館のこんな景色も友好都市ウラジオストクに似ています。実際に、明治11年の函館大火後の街区改正では、ウラジオストクの街並みを模倣するように役所が指導したそうです。

この海を臨む外国人墓地の小径を、海へと向かってくだっていくとその先には、

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函館湾の絶景を眺めながらピロシキやロシアンティを味わうことの出来る隠れ家カフェテリア『モーリエ』もあります。

【ロシア文化フェスBlog】日本のなかのロシア〜北海道 函館 ハリストス正教会〜 1

2016-11-07

(ロシア文化フェスティバルblogより)

新生ロシア20周年、そして日本におけるロシア正教会の創始者である宣教師ニコライの来日150周年を記念した2011年に、ロシア文化フェスティバル IN JAPANのオープニングが開催された北海道函館市。今年2016年3月、ついに新青森-新函館北斗間の新幹線が開業しましたので、夏休みにはやぶさに乗って北海道・函館へ行ってまいりました。

異国情緒溢れる街歩きが魅力の函館を代表する建築物のひとつ、函館ハリストス正教会

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信者の心のよりどころとして神聖で荘厳でひっそりしたイメージのある教会ですが、こちらは観光スポットとして人気があり開かれた雰囲気です。夏休み期間ということもあり、この日もたくさんの人が訪れていました。

日本初のロシア正教会の聖堂は、漆喰の白壁と緑の銅板屋根の対比が美しい外観です。1859年、初代ロシア領事ゴシケヴィッチが現在の教会所在地にロシア領事館の敷地を確保しました。翌1860年、領事館付属聖堂として創立されたのが、初代の聖堂です。1907年に起きた大火で建物を焼失しましたが、1916年にロシア風ビザンチン様式の聖堂として再建され、1983年に国の重要文化財に指定されました。

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小塔が6つあり、それぞれに十字架があります。

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八角形の鐘塔から内部へ入ることも出来ます。

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内部は写真撮影禁止ですが(日本正教会と北海道庁のHPより転載)、左右の壁には『十二大祭図』が飾られるなど山下りんの描いたたくさんのイコンを見ることが出来ます。薄暗い建物の中で蜜蝋に灯をともし、香炉から漂う甘やかな香りを胸いっぱいに吸い込んでイコンと対峙すると、信者ではなくても心が洗われるような敬虔な気持ちになります。

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1861年に来函した青年司祭ニコライが、この聖堂を拠点に日本で初めてロシア正教を布教しました。

△週末には美しい鐘の音色が響きわたります。市民には“ガンガン寺”の愛称で親しまれているそうで、この鐘の音は「日本の音風景100選」にも認定されています。

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△緑溢れる敷地内には、司祭さまのお宅、ロシア連邦名誉領事就任記念みちのく銀行会長 大道寺小三郎氏 平成13年と書かれた記念碑や、函館市・ユジノサハリンスク市姉妹都市提携1周年記念植樹1998年と記された白樺などもありました。

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△信徒会館

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函館市を一望できる見晴らしの良い場所にあります。

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夜には美しくライトアップされた姿が浮かび上がり、函館の街を幻想的に彩ります。

【ロシア文化フェスBlog】テルミン博士生誕120周年記念 日露合同テルミンコンサート

2016-08-30

ロシア文化フェスティバルblogより)

「テルミンという楽器があることは知っていたけれど、こんなにも胸に迫る美しい音楽を奏でるものだと初めて知りました。」テルミン(Терменвокс)という楽器を発明したロシアのレフ・テルミン博士の生誕120周年を記念して、8月11日に日露合同テルミンコンサートが開催されました。

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ロシアのテルミン氏が創りだし、アメリカのモーグ氏が発展させ、そして日本の竹内正実氏が深化かつ進化させたテルミンというユニークな楽器の存在は、今や多くの日本人にも知られるところとなってきました。しかし、レフ・テルミン博士に始まる古典的演奏の系譜を受け継ぐ奏者たちによるこのような本格的なコンサートを味わう機会はまだまだ多くはありません。

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テルミン博士の実娘ナターリア・テルミンさんと曾孫のピョートル・テルミンさんも初来日!テルミン博士の血縁で愛弟子リディア・カヴィナさんにテルミン演奏法を師事した、日本におけるテルミン演奏の第一人者である竹内正実氏監修ならではの生誕120周年記念イベントが企画されました。ご家族だからこそ話せるテルミン博士の姿が明かされるトークショーで幕を開け、浜松楽器博物館で開催中の特別展「音楽と革命それはテルミンから始まった~20世紀と電子楽器の幕開け」レクチャーコンサート、京都の老舗ロシア料理店キエフでのディナーショー、そしてフィナーレを飾ったのが、日露合同テルミンコンサートでした。

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△楽器博物館特別展のポスターの前で記念撮影に応じるナターリア・テルミンさんとピョートル・テルミンさん。三世代のテルミンさん、日本で夢の競演!

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△赤煉瓦造りの洋館、早稲田奉仕園スコットホールが会場でした。かつて早稲田大学の創始者大隈重信が宣教師に依頼して開設した学生寮『友愛学舎』で、日本とロシアのテルミン奏者の友愛が音楽になります。ところで、物理学者でチェロ奏者でもあったテルミン博士が、ラジオからヒントを得て考案したテルミンの音色を初めて世に発表したのはサンクトペテルブルグ工科大学で、2015年に竹内氏率いる演奏家の皆様は同じ場所で素晴らしい演奏を披露しロシア人を驚かせました。テルミンには、アカデミックで洒落た雰囲気がよく似合います。

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コンサート前半は、竹内正実氏とテルミン&マトリョミン・アンサンブルMable and Daによる演奏で、テルミンへの愛が表現されていました。人間の声にもよく似た響きを持つテルミンで演奏するアヴェ・マリアは、テルミン博士の誕生とテルミンに出逢えたことへの心からの感謝に溢れていましたし、『アメイジング・グレース』は、2013年に最大数のテルミン合奏でギネス世界記録を達成したときの記念すべき曲です。『さくらさくら』や『黒い瞳』では日本とロシアというテルミンのふたつの故郷へ誘います。そして印象的だったのは、師匠として息子や娘、孫や曾孫のように愛情をもって伝承してきたお弟子さんたちとともに演奏したラヴェルの『ボレロ』でした。一人の踊り子の足音が、次第に周りのお客様たちの心をとらえ、しまいには皆いっしょに踊りだすこのバレエ音楽は、最初から最後まで同じリズムを繰り返しながら、2種類のメロディーがひとつの大きなクレッシェンドをみせていくのが特徴ですが、まさに、テルミン博士から竹内氏へとしっかりと受け継がれてきたテルミンの魂が、ロシアと日本でそれぞれにたゆまぬ進化をつづけ、高らかに響いているテルミン文化そのものへの讃歌のように感じました。

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△微笑みながら見守るナターリヤさんとピョートルさん。

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竹内氏が開発したマトリョーシカ型テルミン“マトリョミン”は、本格的な音色とフォルムの可愛らしさでテルミン普及に大きく貢献。コンサートでは、マトリョミンを持参した会場のお客様と一緒に演奏するという参加型の楽しい演出もありました。

そしてコンサート後半には、ナターリアさんとピョートルさんが登壇しそれぞれの演奏で会場を魅了しました。

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「テルミン演奏の可能性をここまで見せつけてくれた珠玉の演奏は他にあまりありません。深化させることに彼等は可能性を見いだしており、その方向性は我々と同じ。彼等の演奏はまさに私達が求めてやまないお手本。」そう語る竹内正実氏は、このほどご自身のテルミン演奏の原点とも言える1st CD「Time Slips Away 訪れざりし未来」を再びリリースしました。“ 電子楽器のもとになった楽器”ではなくテルミンという楽器の魅力を伝承していきたいという心意気を感じさせます。

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レフ・テルミン博士によく似ていらっしゃるというピョートル・テルミン氏。ちょうどテルミンという楽器が発明されたのは、今のピョートルさんくらいの年齢だったそう。まるでレフ・テルミン博士と竹内正実さんが夢のテルミン競演!?

ピョートルさんは、テルミンの歴史や原理を丁寧に説明し、かつてロシア革命の指導者レーニンがテルミン演奏に挑戦したときのエピソードも披露し、その様子を想像しながら聴く『ひばり』もなんだか特別でした。また、ラフマニノフもテルミンの音色を評価していたひとりだったそうで、ラフマニノフ作曲の歌曲『ヴォカリーズ』『歌わないでおくれ美しい人』『ここはすばらしい』は優しくのびやかに会場を包み込みました。「日本とロシアのさらなる交流のために、ロシアで開催されるテルミンのフェスティバルにもぜひ参加してほしい!」コンサート後に興奮した様子でそう話してくださいました。

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8月28日のテルミン博士のお誕生日当日には、『届け、モスクワへ!』と題して、テルミン・マトリョミン異空同時演奏会も企画されました。テルミンというと、触れずに演奏する珍しい演奏パフォーマンスや、誰でも音が出せるかわりに音階にするのは訓練がいるためうねりのような前衛的な音色のインパクトが強いようです。しかし、テルミンと出逢って20年、マトリョミンを開発してから10年を経て竹内氏はこう語ります。「テルミン演奏の魅力はどこにあるか。その問いに対する答えはひとそれぞれでしょう。私はただ、どこまでテルミンで美しい音色を奏でられるか、という一点についてのみ興味があり、追い求めています。美しい音色を得るには演奏動作を洗練させ、音楽性を育むしかない。心の弱さも動作を介して音に表してしまうテルミンは、まるで自分を映す鏡のようです。もしかしたら一生かけたとて満足のいく音色を手に入れられないかもしれませんが、私の挑戦は今日も続いています。」「手っ取り早く簡単に楽しめるものでは物足りない、長い旅を求める貴方にこそテルミンやマトリョミン演奏に取り組んで欲しい」そんなテルミンの魅力は、ロシアの魅力そのものと通じるところがあるかもしれません。

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(お写真の一部はマンダリンエレクトロン公式FBページより)