【ロシアナ映画館】舞台はロンドン!モデルはジェーン・バーデン!?『マイ・フェア・レディ』

2022-05-05

今日の心の洗濯。ただいまロンドンでは、ミュージカル『My Fair Lady』と『プリティ・ウーマン』上演中!そして日本では、ドキュメンタリー映画『オードリー』公開中!

△オードリー・ヘップバーン主演のミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』(ロシア語題Моя прекрасная леди)。原作はアイルランド出身のノーベル文学賞作家ジョージ・バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン(Pygmalion))』

下町の労働者階級の貧しい花売り娘イライザ・ドゥーリトルが、音声・言語学の天才ヘンリー・ヒギンズ教授と出逢い、ひどいコックニー訛りから美しい上流階級の英語へ、教授の邸宅に下宿しながら数ヶ月間レディの教育を受けて、レディとして通用するのか試すため舞踏会へ・・・というラブ・ストーリー!

△現在のコヴェント・ガーデン。ロイヤル・オペラ・ハウスから出てきた夜(☆【英国のなかの日本】ロイヤル・オペラ・ハウスで『蝶々夫人』

映画は、ヴィクトリア朝で馬車が行き交うなか、まだ青果市場だったコヴェント・ガーデンで花を売るイライザと教授の出逢いのシーンから。

△現在は改装工事中のデパートWhiteleys

「もしレッスンを怠けたらロンドン塔へ送って首を斬るぞ!」「美しい英語を学んだら、外でなくトッテナム・コートロードの花屋で働きたい」「ホワイトリーズ(Whiteleys)でドレスを購入してロイヤル・アスコットへ!」など、暮らしている場所とストーリーがリンクしてとても楽しめました。(☆世界遺産ロンドン塔を満喫!おすすめレストランと夜の鍵のセレモニー)(☆【英国のお気に入り】英国伝統のロイヤル・アスコットへ行ってきました!

妖精のようなオードリーのこの世のものとは思えないほどの愛らしさや音楽も素晴らしいのですが、独身貴族を謳歌するヒギンズ教授邸のインテリアがたまりません。暖炉にピアノ、蓄音器、ランプ、ステンドグラス、壁を覆う本棚などの家具は濃茶の木製で統一され、壁紙は映画のためにデザインされたそうですが・・・明らかにウィリアム・モリス調。特にイライザの寝室の百合の花の壁紙は!(関連☆ウィリアム・モリス・ギャラリー

イライザや使用人たちが暮らす上階のベッドルームやバスルームは、白を貴重にフェミニンなインテリアになっているのも印象的です。

ハリウッド映画なので、屋外も含めて大部分はセット内で撮影され、ロンドンの景色は実物そっくりのミニチュアが製作されたのだそう。邸宅がある住所 27A Wimpole Street は実際にはないのですが、27 Wimpole はあります!しかも、このジョージアン・タウンハウスには、言語学教授のHorace Wilson氏が住んでいたのだそうです。ヒギンズ教授のアカデミック・モデルは、20世紀初頭のオックスフォード大学のHenry Sweet教授だと言われていますので、この二人の教授のアカデミックな部分と居住環境などがミックスされているのかもしれません。

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一方のイライザのモデルは、英国にきてから興味を持っているラファエロ前派の芸術家たちのミューズ、ジェーン・バーデン(のちのジェーン・モリス、ウィリアム・モリス夫人)だと言われています。オックスフォードではジェーンの生まれた場所のブループラークも尋ねましたが(☆アリス、ハリーポッター、そしてあの人物も!大学の町オックスフォード旅 前編【英国のなかのロシア】)、貧しい生い立ちで充分な教育も受けることができなかったジェーンは、その類稀なる美貌と存在感で同時代の芸術家たちのミューズとなり、モリスと婚約してからは個人教授をつけて上流階級にふさわしいレディの教育を受けました。美しい英語ばかりかフランス語やイタリア語も流暢に話すようになり、音楽や文学にも精通していき、洗練され気品あふれるレディとして社交界に君臨したそうです。

△ジェレミーも卒業生の一人。演劇学校The Royal Central School of Speech and Drama

そしてフレディ役には、ジェレミー・ブレット(Jeremy Brett)!英国グラナダTV版の『シャーロック・ホームズ』シリーズ(日本ではNHKで放送)の油ののった演技やキャラクター分析も素晴らしいのですが、若きジェレミーも光っています。(☆【イギリスの学校生活】助けてホームズ!ワールド・ブック・デー2022

オードリー・ヘップバーン主演のハリウッド映画では、ロシアの文豪トルストイ原作の『戦争と平和』もありますが、ここでもジェレミーはヒロインの兄ニコライ・ロストフ役を演じています。(☆【ロシアナの本棚】【ロシアナ映画館】本格ソヴィエト派?現代イギリス派?それとも王道ハリウッド派?『戦争と平和(Война и мир)』

さて、オードリー・ヘプバーンといえば、世界中で愛されつづける女優であるばかりか、世界の平和を願ってユニセフの親善大使としても貢献しました。今、オードリーが生きていたら・・・と思ってしまいます。

【英国のなかのロシア】世界唯一の支店はロンドンにあり!ロンドンでロシアのファベルジェ展!

2022-05-04

ロンドンのV&A博物館では、ロシアのファベルジェに関する展覧会Fabergé in London: Romance to Revolutionが開催されており、2月初旬に観に行ってきました。(会期:2022年5月8日まで)

カール・ファベルジェ(Carl Fabergé )は、ロマノフ王朝御用達の宝石加工職人。皇帝アレクサンドル3世と、その息子ニコライ2世が、毎年復活祭(イースター)にファベルジェに注文し、母親と妻に贈っていたというイースターエッグはどれも美しいばかりでなく面白い仕掛け(サプライズ)があります!どの卵にも、家族思いの皇帝の、そして遊び心あるファベルジェのあたたかい想いが感じられます。

大学時代からこのファベルジェに魅せられていて、サンクトペテルブルクにあるファベルジェ博物館はもちろん(関連☆【水の都サンクト・ペテルブルク】ファベルジェ博物館)、モスクワで開催された展覧会やクレムリンの武器庫、ロンドンでもオークションハウスのサザビーズなど(関連☆【英国のなかのロシア】サザビーズに潜入!① 11月はロシア・スペシャル!)これまでもさまざまな場所でファベルジェの卵に出逢ってきました。

(△写真は公式サイトより Fabergé’s premises at 173 New Bond Street in 1911. Image Courtesy of The Fersman Mineralogical Museum, Moscow(Минералогический музей им. А.Е. Ферсмана) and Wartski, London SW1A 1LE)今回の展覧会では、何度見ても素晴らしいファベルジェの魅力を改めて堪能しただけでなく、ロンドンで開催ということで、1903年に開店したファベルジェのロンドン支店(!)について、初めてこんなにも充実した資料やコレクションをみることができました。1906年には、リッツ・ホテルに程近いDover Streetに、そして1911年までに上の写真のニュー・ボンド・ストリートのカルティエの一軒挟んでお隣に店舗が移りました。

△現在のDover Street

△現在のNew Bond Street カルティエの1軒挟んで隣りということは・・・

△住所ではシャネルの宝石店のある場所に、かつてファベルジェがあったことになります。

今回の展覧会ではさらに、貴重なインペリアル・エッグが展示されたのはもちろん、ロイヤルコレクションなど英国にあるさまざまなファベルジェ作品が多数公開されました。

(以下の覚え書きメモは今回の展示と公式カタログ、さらにこれまでの展覧会や私の本棚にある作品集などより・・・)

展示室は大きく3つのエリアにわかれ、200展以上の展示物があります。ロマノフ王朝で紡がれた皇帝一家の愛の物語と悲劇の結末を奥行に、ファベルジェが生み出した傑作の数々が時代を鮮やかに描き出していきます。英国のロイヤル・コレクション収蔵のシガーケースなど、ロシアから英国に贈られた、あるいは英国で発展を遂げ愛された、これまで見たことのなかった宝飾品も多数!ロシア国内以外では、ここロンドンのみに支店があったのだそうです。英国王室貴族はもちろん、亡命したロシアの大公や、世界の富裕層たちが、ファベルジェの作品を手に入れるためにロンドン支店を訪れました。そうして、ファベルジェの名と顧客は世界に広がり、ロシア同様イギリスでも人気を誇りました。

☆1842年サンクトペテルブルクで、ファベルジェ工房を創業したのは、実は父親のグスタフでした。カールは1864年(18歳)からこのファミリービジネスに加わり、ヨーロッパ各国を周遊して著名な博物館や図書館、個人コレクションなどから金細工や宝飾品を学びました。同時に、サンクトペテルグルクで職人としての技術訓練もうけ、フランクフルトでは同じく職人のジョセフJosef Friedmanとともに修行しました。そして1872年に父の引退を機に、いよいよ満を辞してファベルジェ工房の舵を取り、世界的な一流ブランドとしての道をスタートするのです。

☆ファベルジェ自身が一流の金細工・宝飾職人ではありましたが、すべての制作を彼が担っていたわけではなく、ファベルジェ工房では、専門的なそれぞれのセクションでの分業が確立しており、チーフワークマスターのもとで運営管理されていたことが大企業に成長していった大きなベースになっています。1901年には、ペテルブルクの24 Bolshaya Morskayaに5階建の大きな本社ビルを開設。1階には旬のデザインを披露するための豪華なショールームやオフィス、ほかにも各階にデザイナーや職人たちのオフィスや仕事場、専門書を集めたライブラリーなどを作って、各セクションの専門家たちを大切にし、セクション間で円滑に活発にコミュニケーションが取れるように工夫されていました。

☆皇帝のお気に入りだったインペリアル・イースターエッグは毎年献上され、合計50個ほど制作されました。ファベルジェの芸術性の粋を極めた傑作ばかりで、そこ込められた皇帝の愛や家族との思い出がさらに輝きを加えて特別に私たちの心に響きますが、ファベルジェ工房の作品はもちろん、こればかりではありません。というよりも、これはほんの一部にしか過ぎません。豊かなインスピレーションの宝庫だったファベルジェは、世界中の顧客たちのためにありとあらゆるものを作りました。彫刻された動物の置物や、シガーカッター、ティアラに、レターオープナー・・・

☆ロシアにおけるファベルジェの最も有名な作品がインペリアル・イースター・エッグだとすれば、英国においてファベルジェの最も有名な作品は?それは1907年、ノーフォークにあるサンドリンガム邸(Sandringham estate in Norfolk)でキング・エドワード7世とクイーン・アレクサンドラ(King Edward VII and Queen Alexandra)が飼育していた動物たちをモデルにアニマル・カービングを製作したことかもしれません。ワックス・モデルが英国からロシアへと送られると、石に彫刻して金細工や宝飾品が施されました。

1863年、まだPrince of Wales時代にキング・エドワード7世はこのサンドリンガム邸を購入し、愛する新妻アレクサンドラと過ごすカントリーハウスとして使用していました。どこか生まれ故郷のデンマークの自然を思わせる環境は、英国へ嫁いできたばかりのアレクサンドラを癒し、ロンドンでの王室生活のストレスから逃れ心を慰めてくれました。庭園や広大な樹木が茂るイギリスの田園風景を満喫し、こよなく愛した二人でした。

1886年にはThe Royal Studが開かれ、競走馬の繁殖がはじまり、キング・エドワード7世は畜産に大きな喜びを感じるようになり、一方のアレクサンドラは多種多様な犬の飼育に夢中だったのだそうです。サンドリンガム邸は、エフドワード朝時代の社交の中心で、たくさんのパーティが催されました。ファベルジェのアニマル・カービングの宝飾品は、そんなサンドリンガム邸のキングとクイーンに贈られるのにぴったりの献上品でした。

ファベルジェのロンドンにおけるエージェント(代理人)だったHenry Charles Bainbridgeの手記によると、もともとは、王の許可が得られれば、馬や犬数1、2匹などほんのわずかの動物のアニマルカービングを考えていたようですが、彼の予想を遥かに上回り、飼育している動物全体のアニマル・カービングの製作を受注する運びとなりました。充分な素材や職人を確保できるかどうか、また費用面でも王の期待に応える作品が実現可能かどうか、かえって英国においてファベルジェの名に傷をつけてしまうことになりやしないかと不安を覚える代理人ヘンリーをよそに、ファベルジェは制作を開始。動物彫刻に関してファベルジェ工房で右に出るものはいなかった才能溢れる若き職人Boris Frödman-Cluzelをロシアからサンドリンガム邸へ派遣しました。

1907年からサンドリンガム邸で働き始めた職人Boris Frödman-Cluzelの作品モデルを見た王は、代理人をとおしてファベルジェに、その作品の素晴らしさとどれほど自分が満足しているか伝えたと言います。 モデルはロシアへ届き、たとえば、雄牛(Dexter Bull)には北コーカサスの黒曜石、というようにロシアの豊かな鉱物資源のなかからその動物に最適な、リアルかつ実物以上の魅力を放つような石が選ばれ彫刻が施されていきました。

今回のコレクションでは、この素晴らしい動物コレクションを初めてゆっくりと鑑賞することができました。

△イースター前だったので、卵モチーフの可愛らしいグッズも。

☆第一次世界大戦の勃発によりビジネスが難しくなったファベルジェ工房は、1917年初めに閉店。戦時中、工房は軍需品の生産に使用されました。繊細な作業に特化したファベルジェの技術も、爆弾の製造などに利用されたのだとか・・・)皇帝の良き友人であったファベルジェは、ロシア革命で国外へ逃れ、バルト海沿岸ラトビアの首都リガ からドイツ、そしてスイスへ渡りそこで亡くなりました。

☆ファベルジェの制作したインペリアル・イースターエッグのなかで7つがまだ行方不明になっています。そのうち2つは、詳細は明かされないもののどこかに現存していることだけは確かで、その他は謎のまま。

☆英国のなかのロシア関連では、1896年秋に、バルモラル城を訪問したニコライ2世とアレクサンドラ皇后について(ヴィクトリア女王の日記のなかでNicky&Alickyと呼ばれていました)や、たくさんの資料を提供している宝石店Courtesy of Wartskiに興味がわきました。

△ロンドンの Wartski ウインドーにはファベルジェ関連もたくさん!

長い冬のあとに訪れる春のイースター。なかから喜びが出てくる卵、鳥やうさぎは、復活や強い繁栄を祈るモチーフです。2021年から続いてたこのファベルジェの展覧会の間に、まさかウクライナとロシアをめぐってこんな悲しいことが起こり、世界がこんな悲しいイースターを迎えることになってしまうなんて。展覧会へ足を運んだ日には想像もしていませんでした。

 

数えきれない!英国で出逢うチャーチルゆかりの地コレクション

2022-05-03

息子が現地校のハウス(寄宿学校の寮からきている縦割りのグループ。ハリー・ポッターで言うところのグリフィンドール。)でチャーチル になったことがきっかけで、チャーチルを見つけるとつい足を止めてしまう、英国のなかのチャーチルをコレクションする息子と私のプロジェクト!(関連☆【イギリスの学校生活】帽子で組分け!?“ハウス“とチャーチル巡り

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△議会広場のチャーチル像(関連ウエストミンスター周辺散策、議会前広場と銅像

サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル ( Sir Winston Leonard Spencer Churchill)は言わずと知れた英国の偉大な政治家で、ポンド札に肖像画が描かれていることからもわかるように、英国で最も尊敬されている人物のひとり。ロンドンの街中には銅像や博物館、ブループラークや写真などを見ることができます。

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△桜の木の下にあるベンチでチャーチル元首相とお花見!(関連ブログ☆チャーチル元首相とお花見できる!?とっておきのベンチ

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△ウィンストン・チャーチルが悠然と微笑む看板が目印の素敵なパブ「チャーチル・アームス」(関連☆【英国のお気に入り】チャーチルのパブでタイ飯!?)。ちなみに、モスクワにもチャーチル・パブがあるんですよ!(関連☆【モスクワのなかの英国】ロンドン名物の赤い電話BOXがある!チャーチル・パブとモスクワのパブ巡り

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△首相官邸前でチャーチル 元首相と記念撮影!(関連☆蝋人形でロンドンの歴史探訪!マダム・タッソーの館 関連☆首相官邸 ダウニング街10番地

△偉大な政治家として、英国の首相として、戦争時の指導者として、チャーチルという男性の人生を辿るなら、Churchill War Roomsがおすすめ。(関連☆【英国のなかのロシア】防空壕に潜入!チャーチルの地下極秘本部

△そして、夫として父として家族と過ごしたチャーチルの人間的な魅力を知るにはなんといってもチャートウェルの邸宅!(関連☆【英国のなかのロシア】【イギリス国内旅】チャーチル元首相が晩年を過ごした邸宅、絵になるチャートウェル

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△1880〜1883年まで暮らした家

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△ウエストミンスター寺院のなかで眠っています。(関連☆【英国のなかのロシア】エリザヴェータ・フョードロヴナに再会!世界遺産ウェストミンスター寺院

このほか、ロンドン中のたくさんのホテルなどでも、チャーチル元首相が訪れたことを紹介する写真などが飾られています。

△(左)リッツホテルのロビー (右)国内旅ドーバーの素敵なティールームThe Pines Garden Tea Roomのお庭にも・・・(☆【イギリス国内旅】ドーヴァー城、灯台、ホワイトクリフ!