【英国のなかのロシア】日帰り旅 英国女王が週末をすごす世界最大最古のウィンザー城でみつけたロシア

2022-04-28

今年2022年はエリザベス女王が即位されてからちょうど70年!プラチナ・ジュビリー(PlatinumJubilee)のお祝いも近づいてきました。そこで、女王にゆかりの深い場所を訪れてみました(☆エリザベス女王のお誕生日!プラチナ・ジュビリーへむけて・・・)。ロンドンから西へ1時間・・・日帰りで足を伸ばすのにぴったりの人気観光地ウィンザー城(Windsor Castle)へ。

△ウィンザー城は今現在も君主が居城するお城としては世界最大にして最古の公邸です。城壁のそばにはヴィクトリア女王像。

△平日はロンドン中心部のバッキンガム宮殿で公務にあたるエリザベス女王ですが(関連☆【英国のなかのロシア】バッキンガム・パレスの庭でピクニック!ロイヤル・コレクションのなかのロシアのティアラの話)、週末はこのウィンザー城で過ごされることが多く、このラウンドタワーに王室の旗があがっていれば女王がいらっしゃる証です。(不在時は英国旗ユニオンジャック)今日もこのお城のどこかに女王がいらっしゃるんですね。

△近衛兵の交替式は11時から。

内部見学時は写真撮影が禁止なのですが、あちらこちらにロシアとのつながりを発見!

☆たとえば、Grand reception roomでは、ヴィクトア女王へロシア皇帝ニコライ1世から贈られたマラカイト(孔雀石)の大きな花瓶が展示されていました。1839年に蒸気船で運ばれたものということ。息子(未来のアレクサンドル2世)が英国を訪れたことへの御礼として贈られたものだと記されていました。(写真はこちら

 

☆ナポレオン戦争でナポレオンに勝利した国の皇帝たちの肖像画で埋め尽くされたWaterloo chamberでは、ロシア皇帝アレクサンドル1世の大きな肖像画をみることができました。実はヴィクトリア女王が誕生した時、アレクサンドリナ・ヴィクトリアという名前で洗礼を受けました。ナポレオンをやぶった偉大なロシア皇帝アレクサンドル1世から名前をもらったもので、ヴィクトリア女王のゴッドファーザー(代父)はロシアのアレクサンドル1世だったのです!(写真はこちら

☆ステートメントアパートメントでおすすめなのは、セント・ジョージズ・ホール(St George’s Hall)。海外からの来賓を迎えた記念の紋章と暦が残されていて、たとえば菊の紋章をヒントに辿ると、日本は1905年にMITSUHITO、1912年YOSHIHITO、1929年にHIROHITO、1998年にAKIHITOと天皇の名が記されていました。ロシアの双頭の鷲の紋章をヒントに探ると・・・1813年アレクサンドル1世、1827年ニコライ1世、1867年アレクサンドル2世、1881年アレクサンドル3世、1893年ニコライ2世(Grand duke of Russia  )を見つけることができました。

△セント・ジョージ礼拝堂では2005年には、チャールズ皇太子とカミラ夫人の、2018年にはハリー王子とメーガンさんのロイヤルウェディングが行われました。また昨年は、故フィリップ殿下の葬儀が取り行われました。(☆ロマノフ家の末裔にあたるエディンバラ公フィリップ殿下のご逝去・・・悲しみに包まれるイギリス

△あちらにもこちらにも可愛らしい王冠がついていて、王冠を探しながら見学するのも楽しい!

△お土産屋さんにも、プラチナ・ジュビリーのグッズが増えました。

△インペリアル・ロシアン(IMPERIAL RUSSIAN)と名付けられたティーセット。ロシアの皇室御用達の宝石職人カール・ファベルジェの作品からインスパイアされたシリーズです。

 

△町歩きでは、ハリー王子の名がついたパブや、ヴィクトリア女王の時代の古い郵便ポストを発見。(☆隠れたもうひとつの地下鉄に乗って郵便の歴史を辿る!郵便博物館)ウィンザーの町並みといえば・・・シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』!?(☆【イギリス国内旅】ストラトフォード=アポン=エイヴォンへシェイクスピア巡礼の旅!そして名物ジャイアント・スコーン

 

△1897年開業のウインザー・ロイヤル・ステーションは現在ショッピングモールになっていて、女王のお気に入りだというモルトン・ブラウンなどのお店が入っていました。駅前には、エリザベス女王のダイヤモンド・ジュビリー記念モニュメント。

 

英国王室御用達トワイニング本店でアールグレイ!

2022-04-27

英国王室御用達の紅茶トワイニング(Twinings)の本店(216 Strand)。

△通りに面した扉から奥へ、細長い紅茶の回廊のような店舗には、トワイニングの紅茶の歴史と自慢の味が詰まっています。

創始者トーマス・トワイニングが1706年にロンドンで開店した当初は、なんと「トムズ・コーヒーハウス」でした!当時はコーヒーを片手にビジネスをしたりお洒落な英国紳士たちの格好の社交場だったそうです。一方、上流階級の女性たちは自宅で紅茶を楽しむことが流行していました。トーマス・トワイニングはそこに商機を見出し、コーヒー店で紅茶も売ること、そして男女を問わず誰でもコーヒーや紅茶を楽しめる場を提供しようと、「The Golden Lion Tea and Coffee House」へ。当時のロゴマークには金のライオンが描かれていました。その後、紅茶専門店のトワイニングへと名前を変えていきます。

△現在のような外観になったのは1787年。創始者たちへのリスペストを込めて金のライオンが横たわっています。トーマスの息子ダニエル・トワイニングは海外輸出へ貢献し、ダニエル亡き後は妻のメアリーがビジネスの手腕を発揮し、21年もの間女性として異例の活躍を見せました。

そして、トワイニングといえば、アールグレイ!

△1831年にトワイニングが世界で初めて、ベルガモットで香り付けしたフレーバー・ティーの「アールグレイ」をブレンド。当時のチャールズ・グレイ首相(第2代伯爵2nd Earl Grey)の名を冠してアールグレイ(グレイ伯爵)と名付けました。現在の第7代グレイ伯爵も、トワイニングのアールグレイを愛飲しているそう。

△1937年に、ヴィクトリア女王から王室御用達の証ロイヤルワラントを授かり、その後も今日まで素敵な紅茶の広告を出したり、ティーバックを販売したり・・・紅茶の世界をリードしていきます。

 

△試飲コーナーもあり、豊富な種類の中からお気に入りの茶葉を選ぶことができます。歴史を知って、コーヒー豆も欲しくなりました!珍しいところではココアもあります。

△お土産にぴったりなロンドン・エディションのアールグレイ!

今では、どのメーカーでもブレンドされ、世界中の人に愛されているアールグレイですが、ぜひトワイニングのアールグレイでティータイムはいかがでしょう?

関連ブログ

英国のお気に入り、アールグレイチョコはこちら☆【英国のお気に入り】プレスタのアールグレイ・チョコ

ちなみに、本家トワイニングではありませんが、ロシアではお土産としてロシア限定「ロシアン・アールグレイ」も人気がありました。こちらは、スコットランドのリプトンのものです。(関連☆【今日のロシア】リプトン ロシアン・アールグレイ

 

【英国のなかのロシア】【イギリス国内旅】ホバークラフトでワイト島!ヴィクトリア女王の愛の離宮オズボーンハウスへ。

2022-04-26

なめらかに波間をすべるとっても不思議な乗り心地、浮き輪がついた船ホバークラフト(HOVER CRAFT)に乗ってワイト島へ。

△ちょうどヒストリーの授業で英国の1950年代を学んでいた息子は、1956年に発明されたホバークラフトに興味津々でした。

△ゴ・・・コッド(鱈)ファーザー!?海辺の揚げたてフィッシュ&チップスのお店もたくさん!

 

海も満喫しましたが、今回の目的は島の大自然でアドベンチャーではなく、オズボーンハウス。私の【英国のなかのロシア】 プロジェクトでぜひ訪れたいと思っていた場所でした。(関連☆【英国のなかのロシア】〜まとめ〜 (2022.02更新!)

△18歳で即位し、20歳で結婚したヴィクトリア女王。一目惚れで結ばれたというアルバート公との幸せな家族生活の思い出が詰まった場所です。

△夏目漱石も英国留学中の日記でロンドンの大気汚染について記していましたが、産業の発展にともない黒い煙に覆われていたロンドンで、バッキンガム宮殿やウインザー城で公務を行い、家族の時間はこの英国南部の青空と自然の美しいワイト島(と英国北部スコットランドのバルモラル城)で暮らすことを決めたヴィクトリア女王とアルバート公。

△かつて休暇で訪れたイタリアをイメージして、設計はアルバート公が手掛けたのだそう。

 

△宮殿内は、愛し合うふたりの頭文字で装飾されているほか、ガイドでは、毎年お互いに贈りあったプレゼントが紹介されていて、それを辿りながら歩いていくのもまた楽しい!

△カウンシル・ルームとオーディエンス・ルームに輝くセイヨウヒルガオの豪華なシャンデリア

 

△ビリヤード・ルームなど、数々のゲストを迎えた豪華なステートルームはもちろん、

△子どもたちのちいさなベッドが並ぶナーサリー・ベッドルーム

△クイーンズベッドルームやドレッシングルーム、バスルーム・・・などプライベートな空間も見ることができます。

4男5女の9人の子宝に恵まれたヴィクトリア女王の子どもたちは、ヨーロッパ各国へと嫁いでいき、血縁関係を広げたヴィクトリア女王は“ヨーロッパのグランドママ”と称されました。 展示室のひとつは、ギリシャ、ノルウェー、スウェーデン、スペイン・・・それぞれの国ごとに特集されており、ここにロシアとの関係も紹介されていました。

 

最後のロシア皇帝ニコライ2世の妻アレクサンドラ皇后も、幼い頃に母アリスを亡くし、祖母にあたるイギリスのヴィクトリア女王のもと、ここオズボーンハウスで育てられました。(長女ヴィクトリヤВиктория、次女エリザヴェータ Елизавета、三女イレーナ Ирена、長男エルンスト・ルードヴィヒ Эрнст Людвиг、次男フリードリヒ Фридрих、四女アレクサンドラ Александра、五女マリヤ Мария 7人の兄弟姉妹でしたが、次男のフリードリヒは幼くして事故死、またジフテリアの流行で五女マリヤも4歳で亡くなってしまいました。)

【英国のなかのロシア】エリザヴェータ・フョードロヴナに再会!世界遺産ウェストミンスター寺院

長女ヴィクトリヤは、現在のエリザベス女王の夫である故エディンバラ公フィリップ殿下の祖母にあたります。(☆ロマノフ家の末裔にあたるエディンバラ公フィリップ殿下のご逝去・・・悲しみに包まれるイギリス

△大英帝国がインドを支配し、ヴィクトリア女王は初代インド女帝に即位しました。一度もインドを訪れる機会には恵まれなかった女王でしたが、側近にアブドゥル・カリムというインドの青年を置いて、ヒンドゥー語を習い、インドについて興味をもって学んでいたと言われています。インドの寺院をイメージしたダーバー・ルームも増設されました。映画『Victoria & Abdul(ヴィクトリア女王 最期の秘密)』にも描かれています。

△結婚式で白いドレスを着るのはヴィクトリア女王から始まったのだとか・・・!最愛のアルバート公を亡くしてからは、生涯黒い喪服を着つづけ隠遁生活を送っていたというヴィクトリア女王。アルバート公と幸せな時間を過ごした夏を避けて、冬をここで過ごすようになったのだそうです。そして1901年、天に召されるヴィクトリア女王の死装束は、天国のアルバート公に再会するために白いドレスでした。

△敷地内には1853年から1854年にかけてアルバート公が建てた子どもの城スイス・コテージもあります(マトリョーシカ!?写真は公式サイトより)。アルペンスタイルのログハウスは19世紀初頭とても人気があったのだとか。子どもたちはここで野菜やフルーツを育てたり、自然のなかから収集したものを飾ったり、ヴィクトリア時代のキッチンが4分の3スケールで再現されていて、プリンセスたちはここでお茶の準備やケーキ作りを学んだのだそうです。ヴィクトリア・スポンジ(the Victoria Sponge)やバッテンバーグケーキ(the Battenburg cake)、オズボーン・プディング(the Osborne Pudding)はここで考案されたのだそう。発祥の地で味わうことができます。(関連☆【英国のお気に入り】ヴィクトリア・スポンジ 関連☆【英国のお気に入り】バッテンバーグ・ケーキ)実は時間を忘れてオズボーン・ハウスに夢中になり、スイス・コテージに間に合わず。ここでヴィクトリア・スポンジを食べる夢が・・・!

△クイーンズビーチ

△ヴィクトリア女王がここで描いたたくさんの絵や思い出の写真、お気に入りの植物、日記のなかのエピソードなどが随所で紹介されています。


Osborne House Isle Of Wight(English heritage)→公式サイト