【今日のロシア】函館 称名寺、実行寺、中原悌二郎の墓

2016-09-08

函館 ロシア人墓地とカフェテリア モーリエを後にして旧ロシア領事館へ・・・。その道のりでもたくさんのロシアに出逢いました。

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△開港当初はイギリスやフランスの領事館が置かれていた称名寺。境内には新撰組副長 土方歳三の供養碑や高田屋嘉兵衛の顕彰碑が置かれています。

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△(お写真は函館市公式観光情報サイトはこぶらさんより)

一方、箱館開港後の1858年、ロシア領事の着任当初にロシア領事館としても利用されたのは、実行寺。

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△正門前には、大東亜戦争戦死病殉者供養塔、日露役戦死忠魂塔が建っています。

ほかにも、代表作『若きカフカス人』で知られる近代彫刻の先駆者 中原悌二郎の墓もありました。

 

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この作品を収蔵している茨城県立美術館の公式サイトによると、モデルはコーカサス(カフカス)生まれのニンツァという名の青年です。アジアを放浪していたニンツァは、大正8年来日しますが、かつてハルビンで知り合った画家の鶴田吾郎の友人を介して、新宿のパン屋中村屋に滞在することになりました。中村屋に出入りしていた中原悌二郎は、この頃茨城県平磯で病気療養中のため空いていた友人の画家中村彝のアトリエを借りて、ニンツァをモデルに頭像の制作を始めます。悌二郎の妻信(のぶ)によると、制作が始まって1週間が過ぎた頃、ニンツァがモデルになるのを嫌がりだし、制作途中の作品を「鬼の顔」だと言って壊そうとしたそうです。力強い肉付けによる彫りの深い顔は意志の強そうなモデルの性格をよく表しており、また荒々しいタッチが作り出す陰影が異邦人ニンツァの神秘的な雰囲気を伝えています。この作品について信は、「『鬼を作る』といふのも無理ないと思われる位、ニンツァの虚無的、破壊的な凶暴性といったものがにじみ出て居る。」と回想しています。さらに1週間制作を続けた後、本当に壊されかねないと思った悌二郎は早々に石膏に取り、鋳造までしてしまったといいます。わずか2週間で制作された「若きカフカス人」は、「憩える人」とともに第6回院展に出品され、高い評価を得ました。特に「若きカフカス人」は手法、精神性の両面において絶賛と言ってよいほどの評価を受け、今後の活躍が期待されましたが、その約1年半後、悌二郎は結核により、短い生命を閉じました。また、中村彝が翌年描く『エロシェンコ氏の像』とも深いかかわりをもつものといわれています。

過去関連ブログ☆【今日のロシア】新宿中村屋ボルシチしゃぶしゃぶ

 

 

 

【今日のロシア】函館 カフェテリア モーリエ

2016-09-07

ロシア人墓地から、外国人墓地のなかの小径を海へとくだっていくと・・・海岸沿いには函館湾を臨む絶景カフェが!

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大きな窓から函館の海をひとりじめ!海風がここちよく感じられます。 テーブルの上には双眼鏡も。

 

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隠れ家のような佇まいですが、函館出身のアーティストGLAYの「WHITE ROAD」PVロケ地としてファンの聖地になっているそうで、ひとりふたり・・・と入れ替わりお客様が訪れます。 

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そんなファンの方と同じくらいに私をドキドキさせたのは、入り口のメニュー看板!

 

 

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カフェテリア “モーリエ“(ロシア語で海)!? オススメは、ピロシキ、つぼ焼き、ロシアンティ!?さっそくお店の一押しメニューだというピロシキセットを注文することに。 ひとつずつ、注文を受けてから焼くそうで、少しお時間はかかりますが、焼けていく香ばしい香りもたまりません。ゆっくりと海を眺めながらの幸福なひととき。

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ピロシキというと、日本ではシベリアや極東に多い“揚げピロシキ“が主流ですが、広いロシアのヨーロッパより、モスクワやサンクトペテルブルグでいただいたピロシキはほとんどが“焼きピロシキ“でした。函館カフェテリア モーリエさんのピロシキは、なんと珍しい焼きピロシキ!

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外側はサックサクで香ばしく、なかはふんわり。マッシュポテトと挽肉・玉ねぎが、2色に分かれているのも珍しいですね。小さめで小腹が空いたときにつまむようなサイズが一般的ですが、こちらは大きくて香りも見た目も主役級です。ロシアンティは自家製の薔薇のジャムが添えられていました。

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 前のオーナーがロシアとヨットと音楽が大好きだったそうで、好きなものがぎゅっと詰め込まれた店内にはあちらにもこちらにもロシアが・・・!

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入り口の脇にはちいさなお土産屋スペースもあり、地元の方の手作りだというマトリョーシカグッズがたくさん。

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お会計の際には、レジ横の手作りのマトリョーシカ短冊もいただきました。七夕にちなんでお客様にお渡ししているそうです。

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さんさんと太陽がふりそそぐ夏のテラス席での夕暮れも素敵そうですが、冬の雪景色を眺めながら湯気の立つキノコのつぼ焼きを頂くのもきっと素晴らしいでしょう!GLAYファンだけでなく、ロシアファンにもぜひ訪れて頂きたいアットホームで居心地の良いお店です。

 

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【今日のロシア】函館 ロシア人墓地

2016-09-06

市電「函館どつく」駅から坂道をのぼって徒歩数分、市街地の北西のはずれの函館港を見下ろす高台にある外国人墓地。その一角に、白樺と緑のコントラストが美しいロシア人墓地がありました。

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白い柵で囲まれ、門には鍵がかかっていました。

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紹介文によると、最も古いお墓は、1859年6月29日(露歴)のアスコリド号の航海士ゲオルギイ・ボウリケヴィチのもので、ほかにもロシア軍艦の乗組員25名や白系ロシア人7名など全部で43人のお墓があるそうです。このなかには、初代領事ゴシケーヴィチ夫人や領事館付属聖堂の読経者でのちに魯学校の教師として活躍したヴィサリオン・サルトフも葬られているそうです。

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さて、こちらの門の前で、180度くるりと振り向くと・・・

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そこには函館らしい景色が広がっていました。青森は緑の感じなどがどこか姉妹都市のハバロフスク地方に似ていましたが、函館のこんな景色も友好都市ウラジオストクに似ています。実際に、明治11年の函館大火後の街区改正では、ウラジオストクの街並みを模倣するように役所が指導したそうです。

この海を臨む外国人墓地の小径を、海へと向かってくだっていくとその先には・・・!