英国の作家ヴァージニア・ウルフが暮らした場所

2021-12-08

さて、UCLのダーウィンのブループラークからほど近く(【英国のなかの日本】伊藤博文、五代友厚、夏目漱石も学んだ大学 UCL)、もうひとつのブループラークを見つけました。

IMG_1738

△20世紀前半に、この建物に英国の女性作家ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)を含む複数のブルームズベリー・グループのメンバーが住んでいたことが記されていました。1882年ロンドンで生まれた英国モダニズム文学を代表する作家です。父は文芸批評家で編集者、母は画家のモデルとなる美人で、叔母はカメラマン、姉は画家ヴァネッサ・メイという芸術一家に生まれ、多くの進歩的な芸術家や学者たちが集まり構成された知的集団ブルームズベリー・グループの一員として活動しました。著書は日本語やロシア語ではもちろん、世界で読み継がれています。また、心の病を抱えながら執筆活動を続けるヴァージニア・ウルフを真摯に支え、ともに出版社を立ち上げた最愛の夫とのラブストーリーや世界一美しい遺書とも評される手紙を残して川に身を投げ消えてしまった悲しい最期など、ヴァージニア・ウルフの生涯や作品はたくさんの映画などのモチーフにもなっています。

周辺にはヴァージニアウルフに関する記念碑や銅像も。

IMG_1740

IMG_1741 2021-12-08 9.48.33

△タヴィストック・ホテルの入り口には、この建物のNo.52にヴァージニア・ウルフと夫のレオナルド・ウルフが1924−1939の間住んでいたことが記されています。

IMG_1743

△ホテル向かいのタヴィストック・スクエアには銅像も。

IMG_1742

改めてゆっくり、ヴァージニア・ウルフの作品を読んでみたいです。

IMG_1747 IMG_1748

敷地内中央には、“インド独立の父”マハトマ・ガンジー像もありました。ガンジーは、ロシアの文豪で絶対平和主義者のトルストイを心から尊敬していたことでも知られています。(関連☆モスクワ通信『番外編 エキゾチック!カザンの聖母をたずねて』ウエストミンスター周辺散策、議会前広場と銅像

【英国のなかの日本】伊藤博文、五代友厚、夏目漱石も学んだ大学 UCL

2021-12-07

UCL(University College London)は、1826年に創立されたロンドンで最も歴史ある大学のなかのひとつです。

IMG_1730

△訪れたのはちょうど9月。キャンパスでは初々しい学生さんたちが大学を背景に記念撮影をしたりしていました。サークル勧誘や大学見学ツアーの案内を持った学生さんたちもいます。

IMG_1722

△哲学者のジェレミー・ベンサムが大学のアイコン的存在で、その教育理念を基に大学は発展を遂げてきました。日本との縁も深く、英文学を学ぶためロンドンに留学した夏目漱石もここで講義を聴講しました。夏目漱石の作品のなかには、レオニード・アンドレーエフをはじめロシア文学の影響を受けたと言われているものもあり、また東京帝国大学で教えていた漱石の門下には、ロシアから留学していた日本研究者セルゲイ・エリセーエフ(Сергей Григорьевич Елисеев)がいました。(関連☆【モスクワ通信】120年の歴史に幕・・・食料品店エリセーエフスキー

IMG_1721

△Student centerなどモダンな建物と歴史的な建物が混在しています。そんな広いキャンパス内では、なんと日本を感じることも出来ます。

IMG_1723

△Japanese gardenには日本関連の記念碑が。

IMG_1724

△初代内閣総理大臣となった伊藤博文を含む3名の留学生が1863年に(大学の方は“日本初の留学生“と話していました)、また1865年にも日本人留学生たちがUCLを訪れ、ここで学んだことを生かして、パイオニアとして近代日本の礎を築いていったことが記されています。映画やドラマで注目された五代友厚の名前もありますね。五代友厚役で三浦春馬さんが主演し感動を巻き起こした映画『天外者(てんがらもん)』でも、激動の幕末から明治初期が描かれていました。(関連☆『罪と罰』ラスコリニコフを演じた俳優の三浦春馬さん、逝去

IMG_1725

IMG_1726

IMG_1727

IMG_1728

IMG_1731

IMG_1734

△UCLといえば、イギリスが誇る自然科学者チャールズ・ダーウィンが1859年に種の起源を発表したのもここでした。

IMG_1735

IMG_1732 IMG_1733

進化論や著書『種の起源』は日本でもとても有名です。裕福な家庭に生まれ、子供の頃から植物や昆虫、鉱物採集などが好きだったのだそう。医者だった父は、医学の道に興味を持てなかったダーウィンを聖職者にしようと考えており、一方のダーウィン本人は“聖職者なら自由な時間に自分の好きな研究ができる”と考えていたようです。結局、とても身体の弱かったダーウィンは実家からの援助を受けながら科学者として身を立てていきます。愛する妻と子供たちに囲まれて良いパパでもあったようです。

IMG_1736

△関連☆イギリスの自然史博物館、ロシアにはダーウィン博物館

 

【英国のなかのロシア】ロシア大使の名がついたヴォロンツォフ・ロード

2021-12-06

旅先で出会った駐英ロシア大使のヴォロンツォフ(☆【イギリス国内旅】「ザ・クラウン」でも登場するウィルトン・ハウス、絵になる美しさをロシアに再現した女帝エカテリーナ)そのヴォロンツォフ大使の名がついた道があると知り、ある秋の朝に訪れてみました。

IMG_1708

完成な住宅街には、記念プレートもありました。

IMG_1711

IMG_1713

IMG_1712

IMG_1715 IMG_1714

 

関連

【英国のなかのロシア】〜まとめ〜 2021.09.09更新!