【水の都サンクトペテルブルク】郊外ツァールスコエ・セロー(皇帝の村)のエカテリーナ宮殿

2019-04-21

両親との駆け足サンクトペテルブルク旅行。この日は郊外ツァールスコエ・セロー(皇帝の村)へ足を伸ばしました。ちょうど2018年に日本ではTVドラマ『エカテリーナ』がオンエアされましたので、これから益々注目の観光スポットに!?(【日露交流年】ロシアTVドラマ『エカテリーナ«Екатерина»』日本で放映!

IMG_7220

△エカテリーナ・ブルーと呼ばれる美しい青と白と金で装飾されたエカテリーナ宮殿

IMG_7133

IMG_7134

IMG_7136

IMG_7135

IMG_7145

△美しい天井画の大広間。ここでエカテリーナ2世は大黒屋光太夫に謁見しました。江戸時代1782 年に、当時のアリューシャン列島に漂着した大黒屋光太夫は、日本への帰国の許可を得るために、当時の都ペテルブルクへやってきました。許可を得た光太夫は1792、ラクスマンとともに根室に向かったのでした。日露交流年の枠内でオペラ『光太夫』を観たばかりでしたので感激ひとしお!(【日露交流年】オペラ 『КОДАЮ 光太夫』

復元された琥珀の間も必見です!赤や緑、黄色、茶色、乳白色まで美しい琥珀色のグラデーションで見事に埋め尽くされています。(撮影禁止)

IMG_7149

IMG_7153

IMG_7165

IMG_7170

IMG_7178

IMG_7181

IMG_7184

IMG_7188

IMG_7211

IMG_7208

IMG_7210

IMG_7201

IMG_7234

IMG_7232

IMG_7224

IMG_7132

IMG_7230

季節は黄金の秋!美しい庭園では、黄金色の葉を大きなブーケにしたり、冠にして楽しむロシア人でいっぱいでした!

 

【ペテルブルクで出逢う偉人シリーズ】文豪ドストエフスキー

サンクトペテルブルクには、文豪ドストエフスキーにまつわる場所がたくさんあります。

IMG_7416

△ドストエフスキーが亡くなる1881年まで最後の2年間を過ごした家は文学記念館になっています。

IMG_7421

△モスクワでは、国立レーニン図書館の前にドストエフスキー像がありますが、サンクトペテルブルクではこの文学記念館からすぐの場所にあります。最寄りは地下鉄ドストエフスカヤ駅で、そばにはドストエフスキー・ホテルもあり、ホテル内には『罪と罰』の主人公の名をとったバー・ラスコーリニコフもあります。

IMG_7423

△銅像は、ドストエフスキーが通っていたというウラジーミル教会の方を向いていました。

IMG_6944

IMG_6935

△『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの家。この建物の小さな屋根裏部屋で暮らしていた設定です。

IMG_6386

△聖イサク寺院。ラスコーリニコフの部屋は窓からこの寺院が見えるという設定でした。

IMG_6947 

IMG_6945  

△こちらは『罪と罰』を執筆していた家。1861年〜1867年まで住んでいました。

IMG_6953

IMG_6955

IMG_6951

△『罪と罰』主人公ラスコーリニコフが、罪を告白しようとした広場。十字路は十字架の象徴になっています。「十字路に行き大地に接吻しなさい」というソーニャの言葉に、ここで接吻をして警察署へ向かった

IMG_6950

IMG_6956

IMG_6958

△モイカ運河。ドストエフスキーもよくこの辺りを散歩していたのでしょうか・・・!モイカ河沿いには、こちらも作品名から名付けられたレストラン『イジオット(白痴)』も。

IMG_6681

IMG_6671

IMG_6672

 IMG_6675 IMG_6674

IMG_6677 IMG_6678

 

IMG_6680 

IMG_6667

IMG_6668

IMG_7430

IMG_7293

ほかにも、市内にはドストエフスキーやその作品にまつわる場所がたくさん!アレクサンドル・ネフスキー修道院でお墓まいりをすることもできます。

【ペテルブルクで出逢う偉人シリーズ】国民的詩人プーシキン

モスクワの市内中心部プーシキン広場には国民的詩人アレクサンドル・プーシキン像が建っていますが、北の都サンクトペテルブルク市内中心部の芸術広場にも、プーシキン像が建っています。

IMG_7308

△サンクトペテルブルク市内のプーシキン像。後ろには国立ロシア美術館。

IMG_7241

IMG_7239

IMG_7243 

△1799年モスクワで生まれたプーシキンは、サンクトペテルブルグの学習院に編入。第1期生としてここで6年間学びました。学習院は講堂や自習室等が公開されており、プーシキンの成績表なども展示されています。そしてプーシキンは早くも15歳のときに書いた詩『ツァールスコエ・セローの想い出』で世のなかの注目を集め、またたく間に人気となります。

IMG_6395

△デカブリスト広場にある青銅の騎士像。モデルはピョートル大帝です。

プーシキンは『青銅の騎士』などサンクトペテルブルクをテーマにした作品も多数残しています。

IMG_7274

IMG_7275

△美貌の妻をめぐりフランス人のダンテスに決闘を申し込んだプーシキン。決闘に出かける前に立ち寄ったとされるのがこちらの『文学カフェ』。サンクトペテルブルクにはほかに、『エヴゲニー・オネーギン』にも登場しプーシキンが好んでよく散歩していたという『夏の庭園』、そして人生の最後4ヶ月を過ごした家が『プーシキンの家記念博物館』として公開されています。

【モスクワで出逢う偉人シリーズ】国民的詩人プーシキン