【今日のロシア】日露首脳会談が行われたリゾート 川奈ホテル

2016-06-26

いつかは泊まりたい! いつかはプレーしたい!と世界中のゴルファーを魅了し続けている静岡の老舗リゾート 川奈ホテル。

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歴史ある洋風ホテルは、政治家・著名人の宿泊も多く、1998年4月18日、当時の橋本龍太郎 日本国内閣総理大臣とボリス・エリツィン ロシア連邦大統領による首脳会談(いわゆる川奈会談)が行われた場所としても知られています。

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会談が行われた場所は、サンパーラーとして現在もお茶を楽しむことが出来ます。ガラス張りの明るい店内で、正面には青い空と海が穏やかに広がっています。そこからホテルまでは、ゴルファーにも愛されている美しい緑の芝生と四季折々の花、プールなどが見えます。

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ホテルメイドのケーキが人気で、アフタヌーンティも用意されています。

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一段目にはクロックムッシュやサンドウィッチ、2段目はスコーン、3段目にお土産にも大人気だというフルーツケーキやタルトなど。オリジナルの食器、そして銀製カトラリーにも川奈ホテルの紋章が。

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繁岡賢一氏デザインの富士と大島の図柄の食器は昭和30年代よりずっと使われているそうです。

地下にはホテルの歩みを紹介する展示コーナーもありました。

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あのマリリン・モンローとジョー・ディマジオが新婚旅行でお忍びでやってきたことも!サンパーラーでお召し上がり頂けるオムライスがお気に入りだったとか。

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日露首脳会談のときのお写真もありました。ホテルでは、エリツィン大統領に、ロビーいっぱいの染井吉野の桜をご覧頂こうと、涼しい天城三中に保管してこの日を待ったそうです。しかし訪日が遅れたため、開花時期が変わってしまい、急遽八重桜が用意されました。そのときの染井吉野は、現在、川奈ホテルゴルフ場の大島コース9番で毎年見事な花を咲かせているそうです。

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会談で使用されたソファは、今は2階の図書室に。2泊3日の滞在だったエリツィン大統領は、ホテル横の“田舎家”(築後300年を経た歴史ある情緒豊かな茅葺き屋根の建物)を茶室風に変えた場所で茶道を体験なさったり、船をだして目の前の海で釣りをなさったり・・・オフのひとときも満喫されたようです。

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格式と伝統を感じるクラシカルな内装や調度品。こちらはシアタールームとなっています。

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メインダイニングのフランス料理メニューには、牛肉のクリーム煮ストロガノフ風や牛フィレ肉のシャリャーピンステーキなどロシア風の一品もありました。

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現在も川奈ホテルで使用されている食器やメニューカバーなどをデザインした繁岡氏は、帝国ホテルの設計をした不ランク・ロイド・ライト事務所に勤務した後、川奈ホテルの美術担当となりました。

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かつてレストランやダンスなどのBGMとして使用されていた1950年代の貴重なSP盤レコードコレクション。左下はチャイコフスキーのバレエ音楽『白鳥の湖』です。ジャケットにも味わいがあります。

【今日のロシア】日露和親条約が締結された長楽寺

2016-06-25

ペリー来航により日米和親条約が締結され、下田と函館の2港の開港が決まりました。即時開港したのが下田で、日本で最初に開港した港町として知られています。雨上がりの紫陽花が風情を醸し出しているペリーロードを歩きます。

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 小径を通って、日露和親条約が調印された大浦山 長楽寺へ。

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安政元年(1854年)、この長楽寺において、日本全権 筒井政憲・川路聖謨とロシア使節海軍中将プチャーチンとの数回におよぶ交渉の結果、日露和親条約(日露通好条約)が締結されました。ロシアとの交渉が始まった時、安政東海地震による津波で下田の街は大きな被害をうけました。下田港に寄港していたロシア艦船ディアナ号が沈没してしまったのもこのときです。交渉は一時延期となり、本来予定されていた場所から、高台に位置して被害の少なかった長楽寺に変更されて、締結に至ったそうです。

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これによって、国境が定まり、択捉・国後・歯舞・色丹は日本領に、千島列島はロシアに属し、樺太については日露両国人の雑居をみとめることになりました。(日露和親条約が締結された2月7日は、1981年から「北方領土の日」と定められています。)また安政2年(1854年)、先に締結された日米和親条約批准書の交換が、この長楽寺においておこなわれました。

 

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装飾の美しい真言宗の長楽寺の本堂へ。

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△ お釈迦様の足のうえに、自分の足をのせることができます。

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 境内には6角形の宝物館(資料館)が2つあり、受付で入館料を支払って入ります。片方はロシア関連のコレクションになっていました。

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 薄暗い室内に並ぶコレクション。係の方がご丁寧にひとつひとつ説明をしてくださいます。

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プチャーチン提督の胸像。手前が日本人が作成したもの、奥のレリーフがロシア人作成のもの。少し表情に違いがあって興味深いです。

 

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 日露和親条約の批准書の複製もありました。

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 ソ連時代から寄贈されてきた時代を感じさせるロシア雑貨の贈り物も展示されていました。

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かつては毎年のように、在日本ロシア大使館の方がご挨拶にみえたり、ロシアからの留学生グループを迎えたりしていたそう。ご案内くださった方は「ひそかに書記長も訪れた、そう確か・・・ブレジネフ!」なんておっしゃっていましたが、まさかまさかそんなことが・・・!?

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突然の土砂降りの雨のなかを長楽寺に駆け込んだのですが、こちらで雨宿りしながら拝観しているうちに霧雨となり、みるみる信じられないような青空が広がりました。記念にとお守りを頂いて、後光のさす長楽寺を後にします。

 

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