【今日のロシア】ユーラシアビュー 2015 秋
2015-10-25
2015-10-25
2015-10-24
バレエ界の神様と崇められるファルフ・ルジマトフ。そして日本舞踊界きってのロシア通でもあり“日本のルジマトフ”とも称される藤間蘭黄。踊ることに人生を懸けた日露の舞踊の頂点に君臨するふたりが、ひとつの舞台で夢の響宴を繰り広げる『出逢い〜Встреча〜』は、熱狂的なカーテンコールを繰り返しつつ、歴史に残る初演の幕を閉じました。二人の運命の出逢いは2010年、場所はここ国立小劇場でした。
黒豹のようにしなやかで研ぎすまされた肉体とエキゾチックな風貌、そして圧倒的な存在感で、古典はもちろんモダン作品でも強い個性を発揮しつづけてきたルジマトフ。マリインスキー劇場(キーロフ)バレエのトップダンサーとして活躍後、2007年ミハイロフスキー劇場バレエ芸術監督へ転身するも、2009年からは再びダンサーに専念することを表明して、52歳の今もさらなる高みをめざし舞踊の可能性に挑み続けています。初海外だったという日本においても、これまで数多くの公演を行い数えきれないほどの信奉者を持っており、近年はスサノヲ(笠井叡振付『UZME』)や阿修羅(岩田守弘振付)など東洋的なモチーフにも幅を広げてきました。公演中はほとんど外出せず役に徹するというストイックなルジマトフが、国立小劇場で観た藤間蘭黄の舞台に感動し、「ここで踊る!」と夢を語ったことがきっかけだったそうです。
一方、江戸時代から続く「代地」藤間家の後継者として、日本はもちろん世界中で公演をつづけてきた藤間蘭黄。近年は、日本舞踊界に新しい風を巻き起こす「五耀會」のメンバーとしての活動も目覚ましく、2012年のロシア文化フェスティバル IN JAPAN『ストラヴィンスキー生誕130周年を記念コンサート』では、歌舞伎や浮世絵を愛していたという顔も持つストラヴィンスキーのバレエ曲で創作舞踊『KIBI-機微ー三大バレエ曲より』を発表するという画期的な試みで成功を収めていました。
公演パンフレットによると、ルジマトフ=信長をテーマに、一人で何役も踊り分けることができる日本舞踊の特徴を生かし、蘭黄さんご自身が信長に関わる人物を踊り分けるというこの舞台の基本構想は固まっていたものの、夢の企画は3年の間、温められることになりました。そして“石の上にも3年”、日本とロシアの架け橋として日本舞踊とバレエをつなぐ第3の存在、岩田守弘が加わり、“3人寄れば文殊の知恵”というのでしょうか、2015年のロシア文化フェスティバル IN JAPANの目玉プログラムとして一気に完成へと向かったのでした。
ボリショイバレエで外国人初にして唯一の第一ソリストとして活躍後、ブリヤート国立劇場バレエ団の芸術監督として、また振付家としても活躍する岩田さんが、ダンサーとして認められるきっかけとなったのが、猿の役だったことはよく知られています。自身の小柄な身体を生かし、ダイナミックで表現豊かに演じられた猿は舞台上のすべてのダンサーを凌駕し、仲間にも観客にも“モリ(岩田さんの愛称)を超える道化はいない”と言われるダンサーとなりました。今回は、豊臣秀吉という”猿”と呼ばれたもうひとつの役に命を吹き込むことになりました。
(ロシア文化フェスティバル公式blogより 撮影=丸山英樹)
2015-10-23
バレエ界の神様と崇められるファルフ・ルジマトフさん、そして日本舞踊界きってのロシア通でもあり“日本のルジマトフ”とも称される藤間蘭黄さん、そしてダンサーとして振り付け師として日本とロシアの架け橋となる岩田守弘さんという、踊ることに人生を懸けた日露の舞踊の頂点に君臨する3人による夢の響宴を繰り広げる『出逢い〜Встреча〜』を取材してまいりました!
闌黄さんから贈られたという楽屋暖簾。崇高で妖しげな色気を感じさせるルジマトフにぴったりの紫色。
蘭黄さんの楽屋暖簾は、色違いの白。こちらも潔ぎよく誇り高く知的に日本舞踊会に君臨する蘭黄さんにぴったりです。
オフがあってもイメージを深めたり、トレーニングに励んだりあまり外出はしないというストイックなルジマトフ。この日も他を寄せ付けないオーラを漂わせながら黙々とストレッチ。
モスクワ時代からずっと応援させて頂いている岩田守弘さんにも久しぶりにお会いし、たくさんの取材の合間にインタビューにもお答え頂きましたが、つねに謙虚でいらして芯が強く真をついているその言葉にますます魅力を感じました。
詳しくは、ロシア文化フェスティバルblogでご紹介いたします!