茨木のり子『おんなのことば』(童話屋)
【二人の左官屋】
来てくれた左官屋
長髪に口髭
白地に紺の龍おどる日本手拭何枚か使い
前あきの丸首シャツに仕立てて着ている
あちらこちらに鱗飛び
いなせとファッショナブルが渾然融合
油断のならないいい感覚
足場伝いにやってきた彼
窓ごしにひょいと私の机を覗き
「奥さんの詩は俺にもわかるよ」
うれしいことを言い給うかな
十八世紀 チャイコフスキイが旅してたとき
一人の左官屋の口づさむ民謡にうっとり
やにわにその場で採譜した
アンダンテ・カンタービレの原曲を
口ずさんでいたロシヤの左官屋
彼はどんななりしていたのだろう