日向寺康雄チーフアナウンサーのこと

2024-01-11

1月5日、ロシアの声(モスクワ放送)の大先輩である、我らが日向寺康雄チーフアナが急逝されました。入院すると連絡があり、落ち着いたらお見舞いになんて、つい先日やりとりをしたばかりだというのに・・・!

1月6日、信じられない気持ちのまま、今にも喋り出しそうな日向寺さんのお顔を見てお祈りしてきました。
棺に入れるものをとご親族の皆さまとご自宅へも伺いましたが、日向寺さんがこの辺りを案内してくださった日のことを思いだしました。あれは2019年の3月のこと。おなじように温かな日でした。

ロシア男性らしく⁈駅の改札で花束を手に待っていてくださった日向寺さん。
お散歩してからお気に入りの喫茶店でケーキをご馳走になりました。
マスターとは「いつもの」で通じる仲で、クラシックな手書きメニューが並び、カフェカーテンから木漏れ日がはいっていたっけ。

あの可愛らしい喫茶店はどこだったかしら…坂道を登ったような、小道を入ったような…皆さまと別れてからぐるぐる歩いてみましたが、思い出せなくて。
今度会ったら日向寺さんに聞いてみなくちゃ!
と思って、それからはっと気づきました。

棺にはエリザベータ・フョードロヴナのイコンも納めました。

△このポストカードは、マルフォ=マリインスカヤ修道院で、修道女の皆さまが丁寧にひとつひとつ切りぬいて作っていらしたもの。
美しい花の奥に、修道院と子どもたちに囲まれたエリザヴェータ・フョードロヴナが見えます。

思い出すとき、いつも右側に座っています。
柔らかく響く声で楽しそうにマイクに向かう日向寺さんがお隣にいるワクワク感&安心感といったら!

ラジオの公開収録風にお届けした「モスクワからの日本語放送80周年記念イベント」での時間は私の宝物です。
企画してくださった神奈川県日本ユーラシア協会の皆さまに心より感謝申し上げます。

△モスクワ放送局を離れるときに、日向寺さんが贈ってくださった詩。声も素敵ですが、字も大好きでした。

相手の心に届く特別な一言を見つけられる、
忘れられない特別な時間を共有できる、
日向寺アナウンサーには、そんな才能がありました。
だから皆、口を揃えて「日向寺さんとは特別なご縁があってね…」と珍しい大切な宝物を見せてくださるみたいに思い出話をしてくださる、そんな火葬でした。

あまりにも美しい喉仏の骨…本当にそこに仏様が座っていらっしゃいました。

放送局近くの、マルフォ=マリインスカヤ修道院。
大好きな場所だから、と日向寺さんが連れていってくださった場所。

守護神にと日向寺さんが買ってくださったエリザヴェータ・フョードロヴナのイコンは、ずっとそばに置いています。

2024年のはじまり 1月

2024-01-01

2024年が皆様にとって心身ともに健やかな年になりますように。

夢も現実も巻き込んで空へ向かう龍のように、しなやかさな強さを持つ一年にしたいです。

そう年賀状に書いたばかりで、恐ろしい能登半島地震のニュースが飛び込んできました。被災地のニュースが届くたびに胸をいため、どうか1日も早く安全な場所と安心できる時間が戻るようにと願う新年。

いつものように「おはよう」といえる朝がくることが、「おやすみ」と言えるあなたの存在が、どんなにありがたいことなのか改めて感じさせられます。

これまでは、青森から東京へ、東京からロシアへ、ロシアからイギリスへと、外へ外へ、次へ次へ、と向かってきた気持ちが、コロナを経て、戦争の終わりがみえないなかで、今は内へ内へと帰ってきて、奥へ奥へ自分のなかへ広がっていっているように感じます。

いまは日常のなかに自分なりの発見やちいさな幸せをみつけること、それを大好きな人たちと共感できることの尊さを大切にしていきたいなと思っています。

日々のことは、ひきつづきSNSで発信していきます。@yuri_ichinohe

【ロシアナの推しごと】ロマネンコさん追悼コンサート

2023-06-14

日本とロシアの文化交流に長年尽力されたイーゴリ・ロマネンコさんの追悼コンサートが催され、司会を務めました。

ロ日協会の会長として、ロシア文化フェスティバルロシア組織委員会副委員長として、そしてモスクワ放送の職員としても長い間ご活躍されたロマネンコさん。この日はそんなロマネンコさんと親交の深い出演者・スタッフ一同が集結し、生前のご功績を偲び、心からご冥福をお祈りしながら、コンサートは終始温かな雰囲気に包まれました。

アレクセイ・トカレフさんの天国に届くような『トランペット・ヴォランタリー』で始まり、

東京バラライカ・アンサンブル有志の皆様による『街のざわめきも聴こえず』の心に染みるメロディー。NHK国際放送でロシア語の同時通訳としても活躍されるタマーラさんの『黒い瞳』は艶やかな言葉に胸を掴まれます。

日本ハバロフスク音楽家交流委員会も主導される谷本潤さんのヴァイオリンと早川枝里子さんのピアノでグラズノフの『瞑想曲』が流れると生前のロマネンコさんが目に浮かびます。

ラフマニノフ生誕150周年の今年、木曽真奈美さんのピアノで追悼の想いを込めて『鐘』が流れると、ラフマニノフが大好きだったライラックが満開に咲き、甘やかに香るよう・・・

後半は、モスクワで開催された『日本文化週間』にて、ロマネンコさんとともに日本文化の素晴らしさを伝えた芸術家の皆様も駆けつけてくださり、藤間紫恵乃さんがご自身で振り付けられた『モスクワ郊外の夕べ』を踊り、モスクワでお召しになったという思い出の桜の着物姿で登場された民謡歌手の小山みつなさんと三味線の山本謙竹さんが『新相馬節』『津軽あいや節』を、さいごに尺八奏者の大由鬼山さんが登場し『荒城の月』を、そしてインタビューコーナーで、ロマネンコさんとの思い出話をたっぷりとお聞かせくださいました。

地方都市へ向かう電車のなかで、歌や三味線で盛り上がり、隣の車両からもロシア人乗客が押し寄せてブラボー!の嵐が巻き起こった・・・なんて素敵なエピソードも。

そして、ピアニスト川西宏明さんの編曲・演奏で『おお、ライ麦よ』『ロシア国家』でフィナーレ!

文化を愛し、芸術を愛し、日露の文化交流に捧げたロマネンコさんの遺志を継ぐ皆さまと終演後に。

大学卒業後お仕事をはじめたときに、日ロ文化交流の最前線で活躍されていて、ロシアナとしての私を育ててくださった恩人でもある尊敬する方々が、今のこの辛い状況のなかでこの世を去ってしまうことが悲しくてなりません。

△日本語も堪能で、ダーチャで日本のお野菜を作るのが趣味だとおっしゃっていたロマネンコさん。モスクワ放送で勤務していらっしゃったので、元同僚として思い出の写真をポケットにしのばせて、DJ西野肇さんも会場にいらっしゃいました。お会いするたびに、「ユリさん、あなたのブログはとても面白い!ずっとつづけてください」と、連載していたロシア文化フェスティバルBlogに励ましのお言葉をかけてくださったロマネンコさん。そのBlogも、昨年2月のあの日から無期限休止になってしまいました・・・

今日の厳しい国際情勢のなかで、またかつてない日露関係の試練のなかで、

このコンサートが、意義のある、未来への新たなムーブメントを作り出すものと信じております。