ロシアの音楽芸術、音楽家育成に力を注いでこられた故・高塚昌彦氏のメモリアルコンサートへお招きいただきました。
場所は、高塚氏の残したメトジカ音楽ルーム メトジカピアノスタジオ
桜の花びらがひらひらと舞う靖国神社に程近いこのビルは、ロシア音楽にまつわる博物館並みの貴重な楽譜や蓄音機とレコードなどのコレクション、そしてスタインウェイのグランドピアノが2台にアップライトが1台、ヤマハのグランドピアノ1台が各階に用意された都内の隠れ家サロンになっています。
高塚さんの仕事場であったのはもちろんのこと、ロシアをはじめ海外から来日したアーティストたちを受け入れる拠点となり、リラックスして心ゆくまでリハーサルに没頭できる空間を提供したり、プロデュースなさっていた国内外のアーティストのサロン・コンサートなどもここで催されていました。
私も何度もこちらへお招きいただいて、“古き良き時代に、敬愛するクラシック音楽の作曲家・演奏家たちを囲んで開かれていたような、文化的で温かいサロンコンサート” を体感させていただきました。
△こちらは2011年に蓄音機のコンサートへ伺ったときの1枚。まもなく息子が生まれるタイミングで、贅沢な胎教になりました。
ロシア国営国際ラジオ「ロシアの声」東京特派員時代には、ロシアから来日した演奏家のコンサートや舞踊団の公演などへ取材に伺うと、たいていそこには高塚さんもいらしていて(大きなホールで著名な方をお迎えする場合と異なり、ロシアの地方都市からいらした舞踊団や年齢の若い芸術家の来日公演だったりすると、取材のために控えていた舞台裏では高塚さんの私の二人きり、ということもよくありました。)ちいさな録音機を片手に、かわりばんこにインタビューを収録し、ホールを出るとどちらからともなく「お茶でも・・・」と誘いあって、今インタビューした感動を分かち合いながらお互いの質問内容に「あそこがよかった」「こんな視点は思いつかなかった!」なんて尽きないおしゃべりも。
東京外大の大先輩でもあり、とても可愛がっていただいて、注目の公演やアーティストに出会うと、音楽評論家として執筆されていた「現代音楽」誌面をコピーして送ってくださいました。
△たくさんの楽譜や著書も送ってくださいました。なかでもグリゴリヤンの『ヴァイオリン初等教本』(芸術現代社)は、ロシア滞在の際にも持参して、ロシアの音楽学校での息子のヴァイオリンレッスンでも大活躍!
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△また、ヴァイオリニスト田部絢子さんのリサイタルなど、プロデューサー高塚さんとMCいちのへとしてステージもご一緒しました。この1枚を撮影してくださったのが高塚さん。「一緒に撮りましょう!」とお誘いしても、汗をふきふき「いやいや僕はいいから・・・」と。
高塚さんそっくりの優しい笑顔が素敵なお姉様の五味昌子さんからTwitterでご連絡をいただいて訃報を知りましたが、とても信じられませんでした。書斎のデスクのなかに、大切にしまわれていたという1枚のCDは、私がロシアの声の東京特派員として、高塚さんにインタビューした録音音源でした。写真は残っていても、声が残っているというのは珍しく、再生して聴いてくださったお姉様は、「ああ、昌彦の声だね、そこにいるみたい。」と高塚さんを偲ぶ親しい方の集まるお席でこのインタビューを流してくださったのだそうです。CDに添えていたお手紙から私の名前を知り、検索してTwitterで連絡してくださったのでした。(関連☆高塚昌彦さんの思い出とカフェ・リベッチオ)
まるで高塚さんの頭の中のような、ロシア音楽への熱い想いと貴重な資料で溢れんばかりのメトジカ音楽ルームを約1年をかけて改修。このたびロシア音楽を愛する皆様に使ってもらえたらと開放される決断をなさいました。
カフェ・リベッチオを営むお姉様は、そのお人柄とセンスで誕生させた新生・メトジカ音楽ルーム、この日はその記念すべき第一歩となる柿落としサロン・コンサートでもありました。
親交の深かったピアニストのイリーナ・メジューエワさんとフルーティストの福島明佳さんによるコンサートは、高塚さんへの愛に溢れていて、そのプログラムを通して高塚さんに再会することができました。
このメトジカ音楽ルームで出逢ったときの思い出の1曲ではじまり、高塚さんの好きだった曲、そしてなによりも、ピアニストでもあった高塚さんが編曲された曲の数々を堪能することができました。これまで、楽譜ではいただいていただのですが、こんなに贅沢にコンサートで聴くのは初めて!
これまで沢山のアーティストをインタビューし、コンサートでご一緒してきましたが、つねづねアーティストは人間でなく妖精だなといつも感じていました(子供の心を持ち続けている、と表現する方も)。妖精そのままの方もいらっしゃれば、心のなかにこっそり妖精を住まわせている方もいて、インタビューをとるときは入念に下調べをして、その人間の顔の奥にいる妖精に触れることができたら素晴らしいものなると確信していました。
わたしにとって高塚さんは、先輩であり、音楽評論家であり、プロデューサーとして意識することが多かったのですが、このコンサートで高塚さんのなかにいる妖精に出会うことができました。どこまでもロマンチストで、だからこそ不器用で、ロシア音楽のために音楽家たちのために身も心も尽くさずにいられないような・・・
△童話作家としてのお顔も!『海がみえるよ、ペルー!』(たかつかまさひこ文、ベーラ・フレブニコワ絵、新読書社)
曲の合間に紹介される福島さんとイリーナさんの高塚さんとの思い出話とも重なりあいながら美しい音色が会場の私たちを深く包み込みました。
コンサートの後には、イリーナさんに高塚さんの編曲の魅力を伺ったり、トレードマークのグレーのスーツを着て今も忙しそうな高塚さん(いつも忙しそうだった高塚さん!)と会話したという夢(高塚さんの近況?)について福島さんに伺ったり、高塚さんの繋いでくださったご縁で、音楽界でご活躍されているアーティストの皆様とともに楽しいひとときを過ごしました。
この世でもあの世でも、ロシア音楽を愛し音楽家たちに愛される高塚さんの魂が、メトジカ音楽ルームとともにここで、音楽を愛する人たちをこれからも迎えてくれるのでしょう。