ロンドンのV&A博物館では、ロシアのファベルジェに関する展覧会『Fabergé in London: Romance to Revolution』が開催されており、2月初旬に観に行ってきました。(会期:2022年5月8日まで)
カール・ファベルジェ(Carl Fabergé )は、ロマノフ王朝御用達の宝石加工職人。皇帝アレクサンドル3世と、その息子ニコライ2世が、毎年復活祭(イースター)にファベルジェに注文し、母親と妻に贈っていたというイースターエッグはどれも美しいばかりでなく面白い仕掛け(サプライズ)があります!どの卵にも、家族思いの皇帝の、そして遊び心あるファベルジェのあたたかい想いが感じられます。
大学時代からこのファベルジェに魅せられていて、サンクトペテルブルクにあるファベルジェ博物館はもちろん(関連☆【水の都サンクト・ペテルブルク】ファベルジェ博物館)、モスクワで開催された展覧会やクレムリンの武器庫、ロンドンでもオークションハウスのサザビーズなど(関連☆【英国のなかのロシア】サザビーズに潜入!① 11月はロシア・スペシャル!)これまでもさまざまな場所でファベルジェの卵に出逢ってきました。
(△写真は公式サイトより Fabergé’s premises at 173 New Bond Street in 1911. Image Courtesy of The Fersman Mineralogical Museum, Moscow(Минералогический музей им. А.Е. Ферсмана) and Wartski, London SW1A 1LE)今回の展覧会では、何度見ても素晴らしいファベルジェの魅力を改めて堪能しただけでなく、ロンドンで開催ということで、1903年に開店したファベルジェのロンドン支店(!)について、初めてこんなにも充実した資料やコレクションをみることができました。1906年には、リッツ・ホテルに程近いDover Streetに、そして1911年までに上の写真のニュー・ボンド・ストリートのカルティエの一軒挟んでお隣に店舗が移りました。
△現在のDover Street
△現在のNew Bond Street カルティエの1軒挟んで隣りということは・・・
△住所ではシャネルの宝石店のある場所に、かつてファベルジェがあったことになります。
今回の展覧会ではさらに、貴重なインペリアル・エッグが展示されたのはもちろん、ロイヤルコレクションなど英国にあるさまざまなファベルジェ作品が多数公開されました。
(以下の覚え書きメモは今回の展示と公式カタログ、さらにこれまでの展覧会や私の本棚にある作品集などより・・・)
展示室は大きく3つのエリアにわかれ、200展以上の展示物があります。ロマノフ王朝で紡がれた皇帝一家の愛の物語と悲劇の結末を奥行に、ファベルジェが生み出した傑作の数々が時代を鮮やかに描き出していきます。英国のロイヤル・コレクション収蔵のシガーケースなど、ロシアから英国に贈られた、あるいは英国で発展を遂げ愛された、これまで見たことのなかった宝飾品も多数!ロシア国内以外では、ここロンドンのみに支店があったのだそうです。英国王室貴族はもちろん、亡命したロシアの大公や、世界の富裕層たちが、ファベルジェの作品を手に入れるためにロンドン支店を訪れました。そうして、ファベルジェの名と顧客は世界に広がり、ロシア同様イギリスでも人気を誇りました。
☆1842年サンクトペテルブルクで、ファベルジェ工房を創業したのは、実は父親のグスタフでした。カールは1864年(18歳)からこのファミリービジネスに加わり、ヨーロッパ各国を周遊して著名な博物館や図書館、個人コレクションなどから金細工や宝飾品を学びました。同時に、サンクトペテルグルクで職人としての技術訓練もうけ、フランクフルトでは同じく職人のジョセフJosef Friedmanとともに修行しました。そして1872年に父の引退を機に、いよいよ満を辞してファベルジェ工房の舵を取り、世界的な一流ブランドとしての道をスタートするのです。
☆ファベルジェ自身が一流の金細工・宝飾職人ではありましたが、すべての制作を彼が担っていたわけではなく、ファベルジェ工房では、専門的なそれぞれのセクションでの分業が確立しており、チーフワークマスターのもとで運営管理されていたことが大企業に成長していった大きなベースになっています。1901年には、ペテルブルクの24 Bolshaya Morskayaに5階建の大きな本社ビルを開設。1階には旬のデザインを披露するための豪華なショールームやオフィス、ほかにも各階にデザイナーや職人たちのオフィスや仕事場、専門書を集めたライブラリーなどを作って、各セクションの専門家たちを大切にし、セクション間で円滑に活発にコミュニケーションが取れるように工夫されていました。
☆皇帝のお気に入りだったインペリアル・イースターエッグは毎年献上され、合計50個ほど制作されました。ファベルジェの芸術性の粋を極めた傑作ばかりで、そこ込められた皇帝の愛や家族との思い出がさらに輝きを加えて特別に私たちの心に響きますが、ファベルジェ工房の作品はもちろん、こればかりではありません。というよりも、これはほんの一部にしか過ぎません。豊かなインスピレーションの宝庫だったファベルジェは、世界中の顧客たちのためにありとあらゆるものを作りました。彫刻された動物の置物や、シガーカッター、ティアラに、レターオープナー・・・
☆ロシアにおけるファベルジェの最も有名な作品がインペリアル・イースター・エッグだとすれば、英国においてファベルジェの最も有名な作品は?それは1907年、ノーフォークにあるサンドリンガム邸(Sandringham estate in Norfolk)でキング・エドワード7世とクイーン・アレクサンドラ(King Edward VII and Queen Alexandra)が飼育していた動物たちをモデルにアニマル・カービングを製作したことかもしれません。ワックス・モデルが英国からロシアへと送られると、石に彫刻して金細工や宝飾品が施されました。
1863年、まだPrince of Wales時代にキング・エドワード7世はこのサンドリンガム邸を購入し、愛する新妻アレクサンドラと過ごすカントリーハウスとして使用していました。どこか生まれ故郷のデンマークの自然を思わせる環境は、英国へ嫁いできたばかりのアレクサンドラを癒し、ロンドンでの王室生活のストレスから逃れ心を慰めてくれました。庭園や広大な樹木が茂るイギリスの田園風景を満喫し、こよなく愛した二人でした。
1886年にはThe Royal Studが開かれ、競走馬の繁殖がはじまり、キング・エドワード7世は畜産に大きな喜びを感じるようになり、一方のアレクサンドラは多種多様な犬の飼育に夢中だったのだそうです。サンドリンガム邸は、エフドワード朝時代の社交の中心で、たくさんのパーティが催されました。ファベルジェのアニマル・カービングの宝飾品は、そんなサンドリンガム邸のキングとクイーンに贈られるのにぴったりの献上品でした。
ファベルジェのロンドンにおけるエージェント(代理人)だったHenry Charles Bainbridgeの手記によると、もともとは、王の許可が得られれば、馬や犬数1、2匹などほんのわずかの動物のアニマルカービングを考えていたようですが、彼の予想を遥かに上回り、飼育している動物全体のアニマル・カービングの製作を受注する運びとなりました。充分な素材や職人を確保できるかどうか、また費用面でも王の期待に応える作品が実現可能かどうか、かえって英国においてファベルジェの名に傷をつけてしまうことになりやしないかと不安を覚える代理人ヘンリーをよそに、ファベルジェは制作を開始。動物彫刻に関してファベルジェ工房で右に出るものはいなかった才能溢れる若き職人Boris Frödman-Cluzelをロシアからサンドリンガム邸へ派遣しました。
1907年からサンドリンガム邸で働き始めた職人Boris Frödman-Cluzelの作品モデルを見た王は、代理人をとおしてファベルジェに、その作品の素晴らしさとどれほど自分が満足しているか伝えたと言います。 モデルはロシアへ届き、たとえば、雄牛(Dexter Bull)には北コーカサスの黒曜石、というようにロシアの豊かな鉱物資源のなかからその動物に最適な、リアルかつ実物以上の魅力を放つような石が選ばれ彫刻が施されていきました。
今回のコレクションでは、この素晴らしい動物コレクションを初めてゆっくりと鑑賞することができました。
△イースター前だったので、卵モチーフの可愛らしいグッズも。
☆第一次世界大戦の勃発によりビジネスが難しくなったファベルジェ工房は、1917年初めに閉店。戦時中、工房は軍需品の生産に使用されました。繊細な作業に特化したファベルジェの技術も、爆弾の製造などに利用されたのだとか・・・)皇帝の良き友人であったファベルジェは、ロシア革命で国外へ逃れ、バルト海沿岸ラトビアの首都リガ からドイツ、そしてスイスへ渡りそこで亡くなりました。
☆ファベルジェの制作したインペリアル・イースターエッグのなかで7つがまだ行方不明になっています。そのうち2つは、詳細は明かされないもののどこかに現存していることだけは確かで、その他は謎のまま。
☆英国のなかのロシア関連では、1896年秋に、バルモラル城を訪問したニコライ2世とアレクサンドラ皇后について(ヴィクトリア女王の日記のなかでNicky&Alickyと呼ばれていました)や、たくさんの資料を提供している宝石店Courtesy of Wartskiに興味がわきました。
△ロンドンの Wartski ウインドーにはファベルジェ関連もたくさん!
長い冬のあとに訪れる春のイースター。なかから喜びが出てくる卵、鳥やうさぎは、復活や強い繁栄を祈るモチーフです。2021年から続いてたこのファベルジェの展覧会の間に、まさかウクライナとロシアをめぐってこんな悲しいことが起こり、世界がこんな悲しいイースターを迎えることになってしまうなんて。展覧会へ足を運んだ日には想像もしていませんでした。