ちょうどヒストリーの授業で、第1次&第2次世界大戦を学んでいる息子。今日は、防空壕になっているChurchill War Roomsへ。英国で最も敬愛されている政治家チャーチル のミュージアムでロンドン中心部にあるため入館料が高い(大人29£)にも関わらずたくさんの人が訪れていました。やっぱり、ウクライナとロシアのことに重ねてしまいます・・・
△The Cabinet War Roomの1940年10月15日火曜日、17時からのミーティング直前の1シーンが再現されていました。中央奥の地図の前がチャーチル元首相の席でした。第二次世界大戦時、英国政府の中核、極秘の地下本部はここにありました。国会議事堂や首相官邸にも近い場所で、特に爆撃の激しかった1940年9月から1941年5月、1944年6月から1945年3月に使用されました。
△限られたスタッフしか入ることが出来なかった地下本部のなかでも、さらに厳重に警備され選ばれしものしか入室できなかったMap Room
△BBCの放送ブース前では、放送でのチャーチル元首相の生の声も聴くことが出来ました。
△プライベートエリアでは、チャーチルの寝室やダイニングルーム、夫人の部屋やキッチンなど・・・。どんなときも壁には絵が飾られているのがチャーチル元首相らしいですね。
△生涯のパートナーとして、どんなときも一番近くで支えつづけたクレメンタイン夫人とは、数え切れないほどの手紙のやりとりをしたそう。
△展示コーナーでは、チャーチルの誕生から少年時代、政治家としての活躍・・・ひとりの男性の生涯を様々な角度から、たくさんのゆかりの品とともに辿ることができます。
母親が保管していた赤ちゃんの頃の髪の毛や兵隊のおもちゃ、その後、寄宿学校から書いた少年チャーチルの両親への手紙や成績表、1914年ロシア軍の想像上の侵略に対するイギリス軍についてのノート記述も。
△ロシア(旧ソビエト連邦)関連の展示も。
△金の卵を置いて暗号の解読!先日学校のTripでブレッチリーパークへ行ってきた息子。ソ連関連のコード解読に挑む!
△銅像は左から、アメリカのルーズベルト元大統領、英国チャーチル元首相、ソ連のスターリン元書記長。写真はテヘランにて。
△1943年11月30日、チャーチルのお誕生日を祝う3国の指導者たち(左)ヤルタにて(中央)シガーケースから葉巻をとるチャーチル をにこやかに見つめるスターリン(右)
△当時のロシアを助けるための赤十字の活動Aid to Russiaは、クレメンタイン夫人が特に尽力していたそう。ウクライナの平和を祈り世界が悲しんでいる今とは、逆ですね・・・
△マダム・タッソーが作った蝋人形の石膏型(関連☆蝋人形でロンドンの歴史探訪!マダム・タッソーの館)
△首相官邸ダウニング・ストリート5番のドア(関連☆首相官邸 ダウニング街10番地)1991年に防弾ドアに付け替えられ、1735年から使われていたオーク素材の木のドアはこの博物館へ。チャーチルが首相として初めてこのドアをくぐったのは1940年5月のことでした。ドアは外側から開けることはできず、いつも内側に警備員が控えています。また首相自身が鍵を持つことはないそう。
偉大な政治家として、英国の首相として、戦争時の指導者として、チャーチルという男性の人生を辿るなら、この博物館、そして、夫として父として家族と過ごしたチャーチルの人間的な魅力を知るにはチャートウェルがおすすめです。
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