モスクワにいるロシア人の友人とのZoom

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日本政府は8日、ロシア人外交官や通商代表部の職員など8人の国外退去を求め、対するロシア政府も28日、報復措置として日本人外交官8人の国外退去を発表しました。

くっついたり離れたり、またくっついたり・・・を繰り返しながら、それでも少しずつ少しずつ歩みよっていたように信じてきた日本と隣国のロシア。私が生まれてから、文化面で最も両国間の距離が近づいたように感じたのは、私がモスクワに暮らしていた2019年から20年にかけての史上初の日露交流年の1年でした。多くの先輩方の手で草の根で深い交流が紡がれてきた文化面のさまざまな分野が、この交流年の枠内でこれまでの金字塔ともいえるような記念イベントを実現させました。(☆【日露交流年】〜まとめ〜

多くの人の関心興味や理解が得られる世界とはいつもどこか一線を画し、ナンバーワンではないかもしれないけれど常にオンリーワンではある、そんな圧倒的な存在感を発揮しているロシアという国の姿は、ロシアとの文化交流に尽くしてきた私たちの姿そのものでもあります。

未知の森に足を踏み入れるように、戸惑ったり憤りを感じたり涙したりことはきっと数知れずあったことでしょう。荒野を開拓するように、決して簡単にはいかないことに何度も打ちひしがれたことがあったことでしょう。それでも、これまで地道に心を込めてやってきた日露交流のあれこれが笑顔で報われた、両国にとってご褒美みたいな祭典でした。

今回この厳しい措置が日露間でとられたのは、私が生まれてから記憶しているなかで初めてのことでした。

モスクワの友人とZoomで話します。政治には触れないところで「変わりはない?」「体調はどう?」とお互いの近況報告。モスクワの生活は、ロシア人の彼女の感じるところでは「今も全くいつも通り」なのだそう。「皆、普通に学校へ行って、会社へ行って、お店で買い物し、レストランに行ったり散歩したり・・・。値上がりした商品があったり、西欧の薬や化粧品で入手しづらくなったものはあるけれど、(それを購入していたセレブ層や外国人は国外へ)、ロシアにも同様の商品はもともとあるから、生活で困っているというようなことはないの。すくなくてもロシアで暮らす私たちロシア庶民にとっては。」どこか申し訳なさそうに、ロシア人の彼女は答えます。「精神的にはもちろん、気が晴れることはないけれど、でも子どもたちもいるし、両親もいるし、前を向いて目の前の日常を家族と共に生きていくしかない。」そう、自分に言い聞かせるように語る彼女の言葉は、そのまま私にも当てはまります。

強く平和を祈りながらも何がその解決につながるのか明確な答えが見つからず、行き場のない途方もない悲しみを抱えながら。

どういう方向へ向かいどういう形を迎えても、日本とロシアの間にはまた先の見えない長い長い冬が訪れてしまいました。

ワールドカップがモスクワで開催され、オリンピックがソチで開催され、たくさんの日本人観光客がロシアを訪れ、新しいロシアを発見していました。10年以上もの間毎年継続して開催されてきた「ロシア文化フェスティバル IN JAPAN」で、毎年たくさんのロシア人が来日していました。気軽にロシアへ旅行したり、留学や仕事でモスクワで生活したり、そんな当たり前にも思えたことが再び訪れる日が見えなくなってしまいました。

言葉を発するべきなのか黙するべきなのか、あるいは何らかの言葉を見つけるべきなのか・・・

誰のために、何のために、意味のあることは救いになること必要なこととは・・・

Zoom越しの友人と私の関係はいつもどおり変わらないのに、日本とロシアの間は変わってしまいました。

 

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