テート・モダンで開催中の彫刻家ロダンの展覧会『THE MAKING OF RODIN』へ。ピカソの妻オリガ、ダリの妻ガラなど、あの画家のミューズがロシア人だった・・・!というのはこれまでご紹介しましたが(☆【スペインのなかのロシア】天才画家のミューズはロシア女性!ピカソの妻オリガ、ダリの妻ガラ)、ロダンのミューズの一人には、日本人女優の花子がいました。
△イギリス美術を味わう国立美術館テイト・ギャラリーが、2000年にイギリス美術専門のテイト・ブリテンと、この国内外の20世紀(印象派後期から現代まで)を総括し、21世紀を創るアートを扱うテート・モダン(Tate Modern)へ。
△廃墟となっていた旧河岸火力発電所の建物を生かして美術館に生まれ変わりました。昔も今もパワー・ステーション!
△映画『RODIN (邦題:ロダン カミーユと永遠のアトリエ 露:Роден)を観ていたので、時空をこえてロダン先生のアトリエに伺ったような気分になります。
△『青銅時代』は実在の人物をモデルにした等身大の銅像で、あまりにもリアルな作品でだったために「実際の人間から型を取ったのではないか」と疑惑をかけられてしまいます。
△日本の国立西洋美術館の庭園でも見ることができる『地獄の門』の一部として創作されていた『考える人』。初めての国からの依頼で、ダンテの『神曲』地獄篇に登場する門という大作に挑みました。
2019年日本では、ロダンの彫刻を楽しんでから、バレエ『ロダン〜魂を捧げた幻想〜』を直近に観る贅沢な体験も。(☆【ロシア文化フェスティバル IN JAPAN】2019オープニング・セレモニー司会へ!)実は、2017年ロシアで、長い改装工事後のボリショイ劇場本館ではじめに観た作品も、このロダンでした。(☆【ロシア文化フェスBlog 】モスクワ通信『改装後のボリショイ劇場本館』をご紹介!)
△ロダンの創作人生の大きな転機の一つとなる作品『バルザック記念像』。フランスの作家バルザックの記念像を依頼されたロダンは、あらゆるものを丹念に調べ、バルザックと心を通わせて会話し、魂を込めてその本質を見つめ、目に見える姿だけでなく内面まで表現しました。しかし、その裸像は(ガウンを着せてもなお)一般的なバルザック像とは大きくかけ離れ、作者への尊敬を感じられないと評価されてしまいます。失意のロダンは、その石膏像を終生、自宅に置いていたのだそう。映画の中で、美しい月光に照らされるバルザック像、忘れられません・・・!(日本では、箱根の彫刻の森美術館で見ることができます☆【今日のロシア】箱根・彫刻の森美術館)
△一瞬も目を逸らすことなく取り憑かれたようにデッサンを重ねるシーンもありました。
そして花子の展示室へ。これまでに花子の頭像を国立西洋美術館で見ましたが、こんなにも多くの頭像を観たのははじめてです。その表情と存在感でロダンを魅了し、花子をモデルに50点以上もの作品が作られています。数々の女性をモデルに起用してきたロダンですが、花子をモデルにしたものが最も多いのだとか・・・。そして多くのモデルは肉体美を銅像にしていましたが、花子に関しては頭像、特にその表情にこだわっていたようです。
△花子こと太田ひさ(1868−1945)は、愛知県のちいさな村で、8人兄弟姉妹の長女として生まれました。幼い頃から芝居一座の一員として家族の元を離れて旅巡業の日々を送り、その後芸妓となって年配の男性のもとに嫁ぎます。夫以外の男性と恋に落ちて離縁するものの、新しい恋もうまくいかず途方に暮れていたところ、海外で日本の踊り子を募集していると聞いて一念発起、33歳でひとり異国へ旅立ちます。
明治から大正にかけて日本ブームだった欧米では、およそ135cmの小柄な花子が日本の踊りを舞う姿はエキゾチックでそれは人気があったのだそう。1905年にここイギリスのロンドンでロイ・フラー(Loie Fuller 1900年のパリ万国博覧会で川上貞奴を出演させ、日本ブームを巻き起こした女性プロデューサー)に見出されて、女優花子として花子一座を立ち上げ、海外巡業した先は、アメリカ、ドイツ、スイス、ポーランド、ブルガリア、オーストリア・・・そしてなんとロシアへも3度訪れたそうです!(1909年、1911年、1912〜13年)。メイエルホリドは、顔の表情のみであらゆる感情を表現できる花子の才能に驚き、1912年ころにはモスクワの演劇学校で演技指導をし、モスクワ芸術座のコンスタンチン・スタニスラフスキーらとも親交があったそうです。現代日本演劇の創設者のひとりである劇作家・演出家の小山内薫は、同時期にモスクワを訪れた際に、(海外では日本人女優として大変人気だったものの、日本では芸者であり女優とは認識されていなかった)貞奴と花子についてロシア人皆が尋ねてくることに驚いたと言われています。そういえば、モスクワのスタニスラフスキーの家博物館には、日本の扇子なども飾られていました。もしかして、花子に関係するものも、あるのかもしれません、がのだそうです。
(☆【ロシア文化フェスBlog】モスクワ通信『スタニスラフスキーの家博物館』を訪ねて)
△舞台の最後には、断末魔の叫びと苦悶の表情でハラキリ切腹するシーンがクライマックスの演出となっていたようで、1906年マルセイユのthe Coronial E[hibitionで観劇したロダンが感激して、モデルを依頼したのだそう。モデルのお礼に2つの頭像を花子に贈ることを約束していたロダンでしたが、結局はロダンの死後までその約束が果たされることはなかったようです。いつか数奇な人生を歩んだ花子のロシアでの足跡についてもっと調べてみたいです。
△花子については日本ではあまり知られていませんが、森鴎外の短編小説「花子」のモデルにもなっています。ロダンと妻のローズが暮らす屋敷で一緒に生活していた時期もあり、またかなりの数の手紙のやり取りもしているようでうす。
△愛弟子で愛人のカミーユと妻のローズとの複雑な関係も映画では丁寧に描かれていました。吸い寄せられるように触れたくなる、語りかけたくなる、愛おしくなる、ストーリーをまとった大好きな作品。
△『カレーの市民』イギリスからドーバー海峡を渡って到着するフランスの港町です。(☆【イギリス国内旅】『007 ロシアより愛をこめて』イアン・フレミングはロイター通信ソ連支局長!ドーヴァーからディール、サンドイッチ・ベイへサイクリング)
△カフェのテラスからは、翼を広げてテムズ川の上を飛ぶようなミレニアム・ブリッジとセント・ポール大聖堂がきれいに見えます。(☆【ハリポタファン必見!】ミレニアム・ブリッジ)
△グラウンド・フロアでは、ファミリー向けのユニクロのお絵描きプロジェクトも。
△街中に単語が登場し、バービカンセンターの方まで次の単語を追いかけながら進むと文章が完成する楽しいアートプロジェクト!シティの街はいつもこんな楽しいアートでいっぱいです。
過去関連ブログ
☆【英国のなかのロシア】ガヴァリット・モスクワ!テートモダン〜常設展〜
☆海を描くイギリスのターナーとロシアのアイヴァゾフスキー!テート・ブリテン(Tate Britain)の『Tuner’s Modern World』へ