「大阪・関西万博」が注目されている今年2025年の夏。大阪での万博の開催は2度目、そう、今から半世紀以上前の1970年、3月15日から9月13日にかけての183日間、日本そしてアジアでも初めて大阪で開催されたのが「日本万国博覧会(EXPO’70)」です。
テーマは「人類の進歩と調和」。116のパビリオンが立ち並び、参加した国と地域は77、国際機関が4つ。当時の万博史上最多といわれる約6,400万人が訪れ、その熱狂ぶりは今も語り継がれています。
世界中のパビリオンが未来像を競い合うなか、とりわけ人気を集めたのがソ連館で、「ベスト・オブ・万国館」にも選ばれました。
当時を知る方にとっては懐かしく、知らない世代にとってはまるでタイムカプセルを開けてみるような体験。今回のブログでは、この1970年の大阪万博と、万博記念公園に今も残るソ連館の記憶をたどってみたいと思います。
太陽の塔とシンボルゾーン

△かつてパビリオンが立ち並ぶ壮大な万博会場だった場所は、現在は緑豊かな万博記念公園となっています。2025年の会場となる夢洲駅へは新大阪駅から南西へ地下鉄で約40分。一方、1970年の大阪万博の跡地である万博記念公園駅へは、新大阪駅から北東へ、地下鉄とモノレールを乗り継いで約40分ほどでアクセスできます。
1970年大阪万博のシンボル「太陽の塔」が見えてきました!
太陽の塔の今 ― 4つの顔と生命の樹

△芸術家・岡本太郎がデザインしたこの「太陽の塔」は、「調和の広場」に建てられた3つの塔(太陽の塔、母親の塔、青春の塔)の中心的存在で、高さは約70メートル。左右に大きく手を広げ、訪れる人々を迎える姿は、一度見たら忘れられない強烈なインパクトを与えました。

△塔には特徴的な3つの顔が刻まれています。正面の「太陽の顔」は現在を、頂部の「黄金の顔」は未来を、そして背面の「黒い太陽」は過去を象徴しています。さらに地下には、万博当時“第4の顔”と呼ばれる「地底の太陽」も展示されていました。直径3メートル、全長11メートルに及ぶ巨大な作品でしたが、閉幕後の撤去作業を経て行方不明となり、現在は復元版が展示されています。

△内部には、高さ約41メートルの巨大なインスタレーション 「生命の樹」 がそびえ立っています。幹や枝にはアメーバ、ウミユリ、恐竜から人類に至るまで、約300体近い生物模型が取り付けられ、生命の進化の道のりを示しています。来場者は地下展示から塔内部に入り、この「生命の樹」を見上げながら螺旋階段を登っていきます。そして、万博当時は、エスカレーターで大屋根に広がる空中の未来都市展示へ。過去・現在・未来を体感する壮大な旅路を歩んだのです。
万博終了後、内部は長らく非公開でしたが、復元工事を経て2018年に再び公開(要予約)、2025年5月には国の登録有形文化財になりました。
今も残る建築遺産と未来都市の夢

△園内には他にも、当時の姿を今も残す建造物があり、例えば建築家・前川國男が設計した鉄鋼館は、現在は「EXPO’70パビリオン」として、1970年当時の貴重な資料を紹介する記念館になっています。

△当時の鉄鋼館のテーマは「鉄の歌」。高度経済成長期の日本で“未来をつくる素材”として注目された鉄鋼産業の力を象徴するパビリオンでした。
中でも人気だったのが 「スペースシアター」。1,008個のスピーカーとレーザー光線を駆使した演出で、音と光に包まれる未来体験を実現しました。現在のEXPO’70パビリオンでは、このシアターの一部が再現され、当時の“音と光の未来”を体感できます。

△太陽の塔を中心としたシンボルゾーンは、未来都市を彷彿とさせる透明の長方形の大屋根で覆われていました。「宇宙」「人間」「世界」「生活」という4つの展示セクションに分かれ、未来世界が繰り広げられていました。なかでも話題を集めたのが「生活」セクションで展示された「渦巻都市」。ソ連の建築家アレクセイ・グトノフが描いた未来都市を形にしたもので、円を描くように連なる住居と、中心に向かって人々が集まる設計が特徴でした。
グトノフは、ソ連モスクワ建築研究所を拠点とする若手グループ 「N.E.R.(New Element of Settlement/新しい定住要素)」 の中心人物。「都市は単なる機能の集合ではなく、人間らしさを包み込む“有機体”であるべきだ」という思想を打ち出して活動していました。「渦巻都市」は、まさにそのビジョンを象徴するもので、外側に近代的な集合住宅を配置し、中心部に教育・文化・交流の空間を設けることで、「機能」だけでなく人々のつながりやコミュニティの温かさを重視した未来都市を描き出しています。当時のソ連では、ノヴォシビルスクなど科学都市(アカデミー・タウン)の開発が盛んで、国家主導で「理想都市」をつくろうとする動きがありました。そうした背景をもとに、グトノフは大阪万博で世界に向けてソ連的な未来都市像を提示したのです。

△各国パビリオンの入館記念スタンプの中には、

△もちろんソ連館の入館記念スタンプもありました。万博では、各国のパビリオンを巡ってスタンプを集めるのも大きな楽しみのひとつ。今のように海外旅行もインターネットも一般的ではなかった時代、スタンプ帳を片手に世界一周する体験は、それだけで特別で、夢のような時間だったに違いありません。

後編では、圧倒的な存在感を放ったソ連館にフォーカスします。
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