【モスクワ通信】新たな一面を発見!モスクワのなかのイギリスをピックアップ

2021-02-27

ロシア文化フェスティバルblogより)

ロシアのなかの日本や、日本のなかのロシアを見つけると日露交流の歴史の1ページや知られざる両国の絆を感じることができます。モスクワのなかで日本を感じる場面もたくさんありますが、例えばどこかひとつの国との関係や縁のある場所をピックアップして見てみると、モスクワの新しい顔に出会うことができるかもしれません。今回は、モスクワのなかのイギリスを探してみることにしました。

1、世界で唯一!?シャーロック・ホームズ&ワトソン像と英国大使館前の詩の小道

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△煙草を呑みながら事件を推理するホームズと、横でメモを取るワトソンの銅像。ホームズとワトソンの両方が揃っている銅像は世界で唯一とも言われています。ふたりの間に腰掛けて、ワトソンのメモ帳に触れると願いが叶うと言われているそうで、ベンチのワトソンの隣とメモ帳を持つ左手がピカピカ光っていました。一方、ホームズのパイプに触れるとトラブルに巻き込まれるので要注意!?

2007年に完成したこの銅像、顔が英国人というよりもロシア人風なのも大きな特徴のひとつです。実は、ソ連時代のTVドラマシリーズ『シャーロック・ホームズとワトソン博士(Шерлок Холмс и Доктор Ватсон)』(レンフィルム、1979年)でホームズ役を演じたワシーリー・リワノフ(Василий Ливанов)とワトソン役のヴィターリー・ソロミン(Виталий Соломин)の顔をモデルにしているのだそうです。名探偵ホームズに関する作品のなかでも最高傑作のひとつに数えられており、主演のワシーリー・リワーノフはエリザベス女王から大英帝国勲章を贈られました。

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△ホームズ&ワトソンの銅像がひっそりと置かれているのは、在ロシア英国大使館の建物(左)のモスクワ 川に面するスモレンスカヤ・ナベレジナヤ通り沿いの緑地です。銅像から正面エントランスへ続く塀は、イギリスとロシアの詩人や作家たちの作品を記した金色プレートが埋め込まれています。シェイクスピア、プーシキン、ワーズワース、エセーニン・・・この小さな詩の小道はもうひとつの見所になっています。

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△英国大使館とともに大使公邸もモスクワで最もイギリスな場所といえます。大使館もモスクワ川沿いの眺めの良い場所でしたが、大使公邸もモスクワ川の向こうにクレムリンを臨む素晴らしい立地です。もともとは帝政ロシア時代にモスクワとサンクトペテルブルクへ砂糖を供給する国内最大級の工場を所有していた大富豪ハリトネンコ家が建てた邸宅でした。ここには、ハリトネンコが収集した絵画が飾られ、催されたパーティやサロン・コンサートではシャリャーピンやスクリャービンも演奏を披露したそうです。革命後ハリトネンコ一族はロシアを離れ、邸宅は国営化されてしまいました。1931年から英国大使館となり、エリザベス女王が1994年のロシア公式訪問の際にここを訪れているほか、ウィンストン・チャーチルやマーガレット・サッチャーなど歴代の宰相も滞在しているそうです。現在は大使公邸となっており、年に一度開催されるクリスマス・バザーでは、ブリティッシュスクールの子どもたちのクリスマスキャロルの歌声が響くなかミンスパイを味わいクリスマスクラッカーやお手製ママレードを購入したりもできます。

 

2、モスクワのなかの英国教会St. Andrew’s Anglican Churchとサッカーの伝来

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△モスクワの街では、あちらこちらで美しい教会と鐘の音に出会うことが出来ます。その多くはキリスト教の一派であるロシア正教の教会で、玉ねぎ型(ろうそくの炎の形)の教会屋根や、独特の十字架の形が特徴です。多民族多宗教のモスクワでは、そんなロシア正教の教会以外にも、ゴシック建築のローマ・カトリック教会やルター派のプロテスタント教会、イスラム教のモスク、ユダヤ教のシナゴーグ、そして英国国教会St. Andrew’s Anglican Church(日本語:聖アンデレ聖公会教会、ロシア語:Англиканская церковь Святого Андрея)もあります。現在の英国の国教はイングランド国教会(Church of England)。キリスト教のなかでも、カトリックやプロテスタントと異なり、国家元首を首長としているのが大きな特徴で、女王の戴冠式やロイヤル・ウェディングなどで重要な役割を果たしています。1553年イワン雷帝がロシア正教以外の宗教を容認。モスクワの英国国教会St. Andrew’s Anglican Churchは、建築家Richard Knill Freeman率いるプロジェクトにより1884年に建設されたヴィクトリアン・ゴシック建築の建物です。ソ連時代には閉鎖されていましたが、教会内部の音響の素晴らしさからメロディヤ(Мелодия)社(1964年設立のロシア最大のレコード・レーベル)のスタジオとして利用されていました。その後、再び教会として扉が開かれ、1994年10月のエリザベス女王のロシア公式訪問を期に、建物は正式にロシア政府より教会に返還されました。現在は教会としての役割のみならず、素晴らしいコンサートホールとしてもモスクワ市民に愛されています。

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△さて、イギリスからロシアにもたらされたスポーツとして有名なのは、サッカーとクロッケーです。

St. Andrew’s Anglican Churchの後援者の一人スコットランド人のウィリアム・ホッパー(William Hopper)は、モスクワで初めてサッカーの試合を開催した人物としても知られています。ホッパーの工場で働いているイギリス人たちがサッカーを始めると、200〜300人ものモスクワっ子たちが集まって試合を見ていたそうで、その様子が当時の1895年の新聞記事にも残されています。(写真は1912年のモスクワ対フィンランド戦 St. Andrew’s Anglican Church公式サイトより)

さらにロシアで最古のプロチームのひとつが組織されたのは、モスクワ東部のオレホヴォ=ズエヴォ(Орехово-Зуево)と言われています。イングランド北西ランカシャー地方を本拠地とするBlackburn Rovers F.C.のサポーターだったイギリス人Harry Charnockが中心となり。初期の頃は、英国から運ばれた芝の上で、Blackburn Roversのユニフォームを着用してプレーされていたようです。現在のFC Znamya Truda Orekhovo-Zuyevoに繋がっています。

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△一方、クロッケーは1860年代に伝わったといわれているゲートボールにも似たスポーツです。(野球に似ているクリケットとは異なるスポーツです。)文豪チェーホフもクロッケーの愛好家だったそうで、チェーホフが1892〜1899年に暮らしていたモスクワ郊外メリホヴォの邸宅(現在はミュージアム)のそばには、古いクロッケー場もあるそうです。トルストイの『アンナ・カレーニナ』をはじめロシア文豪の作品にもクロッケーのシーンが登場します。レーニンやガガーリン などもクロッケーを好んだと言われています。(写真はRussian Interregional Croquet Federation公式サイトより)

 

3、イギリス人建築家William Walcotによるホテル 老舗メトロポールとマルコ・ポーロ

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△1905年創業の最高級老舗ホテルのひとつである«Метрополь»(メトロポール)。赤の広場からすぐ、ボリショイ劇場の向かいという素晴らしい立地で、各国から訪露する要人・著名人御用達のホテルとしても知られています。鉄道王サーヴァ・マモントフの依頼で設計された建物は、ロシア・モダンの最高傑作のひとつとされています。当初はコンペで優勝したロシア人建築家レフ・ケクシェフ(Лев Кекушев)とニコライ・シェビャコフ(Николай Шевяков)のプロジェクトで進められる予定でしたが、マモントフによってなぜかコンペで4位だったイギリスの建築家ウィリアム・ウォルコット(William Walcot)に変更されました。マモントフは当初“ホテル付きの劇場”をイメージしていたようですが、結局は“レストラン付きのホテル”となり、またケクシェフとシェビャコフも最終的にはプロジェクトに参加しました。この美しいホテルは、ミハイル・ヴルーベリのモザイク画の装飾も有名ですが、噴水と美しいステンドグラスの天井があるグランドダイニングもゴージャスで、館内ツアーつきのブランチや優雅なロシア風アフタヌーンティーなど宿泊以外でも特別なひとときをお楽しみいただけます。ちなみに他にもいくつかの邸宅をデザインしているウォルコットの作品は、現在でもモスクワに残されており、なかにはケクシェフとの共作もあります。1908年にはロンドンへ帰国し、St. James Streetに質素な家を建てて暮らしていました。晩年は建築家としての活躍はあまりなく、1943年69歳で自殺してしまいます。

モスクワ通信『老舗ホテル メトロポールで優雅なアフタヌーンティー』

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△また、モスクワの4つ星ホテル«МАРКО ПОЛО ПРЕСНЯ» (マルコ・ポーロ・プレスニャ)も1904年にウォルコットによって建てられたもので、革命前までイギリスの商人ロバート・マクギル(Robert McGill)の未亡人ジェーン・マクギル(Jane McGill)によって修道院として使われていたそうです。ジェーン夫人は夫の死後もモスクワで暮らし、積極的に慈善活動に従事していました。英国教会St. Andrew’s Anglican Churchにも金銭的な援助を行っており、特に教会の司祭館の建設に多大なる寄付をしました。1917年革命の年に、館に突然男が押し入るという悲劇的な事件に見舞われ、締め出されてしまった夫人は体調を崩し、英国教会に運び込まれたものの回復することなく亡くなってしまったと言われています。(写真は1908当時 «МАРКО ПОЛО ПРЕСНЯ»サイトより)

 

4、スコットランド技師によるユニークなデザイン!赤の広場のスパスカヤ・タワーの時計とイギリスの血を引く!?モスクワ創設者ユーリー・ドルゴルーキー

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△ロシアの中心、赤の広場のシンボルのひとつにもなっているスパスカヤ・タワーの時計。毎年夏にはスパスカヤ・タワーの名前が冠された国際軍楽祭が開催されますし、新年を迎える時もこのスパスカヤ・タワーの時計がTVに映し出されカウントダウンされ、12時を迎えると美しい鐘の音が響き渡ります。ロシアにとって重要なこのスパスカヤ・タワーの時計は、ロマノフ王朝時代にリニューアルされ、モスクワで初の鐘のなる時計となりました。ロシアの建築家バジェン・オグルツォフ(Бажен Огурцов)とスコットランドの技師クリストファー・ギャロウェイ(Christopher Galloway)によって設置され、針がまわる通常の時計と異なり、時計の文字盤自体が回転するように工夫されており、これは何事もユニーク成すロシアの特色を反映させてデザインされたものなのだそうです。

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△モスクワの中心で、知られざるイギリスとの意外な繋がりといえば、モスクワの創設者としてモスクワ市庁舎前に銅像があるユーリー・ドルゴルーキーЮрий I Владимирович ‘Долгорукий’)も忘れることはできません。父親のキエフ大公ウラジーミル2世モノマフは何度か妻を迎え、そのなかの一人にはングランド王国ウェセックスの生まれでアングロ・サクソン系イングランド王ハロルド2世の娘ギータ・オブ・ウェセックス(Gytha of Wessex)がいました。ユーリー・ドルゴルーキーの母親については諸説あるため、モスクワを創ったユーリー・ドルゴルーキーがもしかしたらロシアとイギリスの血を引く可能性もゼロではないと言われています。なお、当時のルーシのスーズダリに居を構えつつ、南方まで手を伸ばして攻め入ったところから、ロシア語で「長い手」を意味するドルゴルーキーと呼ばれるようになったそうです。

 

5、スコットランドの貿易商人のお店から歴史がはじまる高級百貨店ЦУМ(ツム)、イギリス人企業家マイケル・マドックス(Michael Maddox)とボリショイ劇場

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東ヨーロッパ最大級の高級デパートЦУМ(ツム)は、もともとサンクトペテルブルクで店を持っていたスコットランドの貿易商人アンドリュー・ミュア(Andrew Muir) とアーチボルド・メリリーズ(Archibald Merrilees)が、モスクワに1885年に今のツムのある場所に店を開いたのがはじまりです。今日までずっと洗練された流行の最先端のファッション雑貨でモスクワっ子たちを魅了してきました。現在ではオンラインストアへのEメール注文は一般的になりましたが、この当時からカタログを発行し、手紙での受注販売もしていたそうです。ヨーロピアン・ゴシック様式の美しい建物は、ボリショイ劇場と隣り合っており、昼も夜のライトアップも美しく、その外観でも訪れる人を楽しませてくれます。

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ロシアを代表するボリショイ劇場は、18世紀後半にピョートル・ウルソフ公爵の私設劇場として始まりましたが、興業を維持するためには莫大な費用がかかるため、イギリス人企業家マイケル・マドックス(Michael Maddox)がビジネスパートナーとして支援していました。

モスクワ通信『改装後のボリショイ劇場本館』をご紹介!

マイケル・マドックスは劇場のみならず、広い屋外庭園を作ったことでも知られています。最も有名なものとしては、ロンドンのVauxhall Gardenから名をとってタガンカ周辺に作られた“ヴァクザール”で、19世紀半ばまでモスクワっ子たちにとても人気がありました。現在はロシア語で鉄道駅を意味するヴァクザール(вокзал)は、この頃までは屋外庭園を意味する言葉でした。ロシアの専門家たちは鉄道の建設技術を学ぶために、イギリスへ渡ったのだそうです。

さらに鉄道だけでなく、実はモスクワの地下鉄もイギリスと縁のあるエピソードが見つかりました。絢爛豪華な装飾が施され地下宮殿とも称される駅構内で人気の観光名所にもなっているモスクワの地下鉄メトロポリテン(Метрополитен)は略してメトロと呼ばれていますが、ソ連時代の1930年代に建設が始められました。世界初の地下鉄が建設されたことで知られるロンドンでは、メトロポリタン鉄道会社(Metropolitan Railway Comoany)によって最初の地下鉄の路線が建設され、1863年1月10日に、パディントン駅からファリンドン駅の間で開通しましたが、このメトロポリタンという会社名からソ連時代の地下鉄がメトロポリタンと呼ばれるようになったようです。日本でもメトロと呼ばれていますね。一方、本場イギリスでは、地下鉄の通るトンネルのチューブ状の形からメトロではなくチューブ(Tube)と呼ばれています。

 

6、ロシアとイギリスの貿易の始まり!モスクワの新名所ザリャージエ公園のなかのThe Old English Courtyard(Старый английский двор)

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△16世紀エリザベス朝建築の建物は、かつてロシアにおいて初の英国商人、初の英国大使であった人物の館として使われていたそうで、現存するモスクワで最も古い建物のなかのひとつに数えられています。英国とロシアの貿易は1553年、英国人航海士リチャード・チャンセラー(Richard Chancellor)が英国からインドへの北海ルートを探っていた際に、思いがけずアルハンゲリスクへ到達したところから始まったと言われています。すぐにイワン雷帝に知らせが届き、Chancellorはモスクワへ招かれて大変もてなされたそうです。ロシアの都市と関税なしで自由の貿易できるという友好的な貿易関係のなかで、イワン雷帝がエリザベス1世に結婚を申し込んだものの丁重に断られてしまったという逸話も残っています。現在のエリザベス2世の治世になり、女王とフィリップ殿下がロシアを公式訪問した1994年には、この建物がミュージアムとして公開されるようになりました。

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さて、時を経て19世紀の産業革命真っ只中のロシアにおいてイギリスとの貿易で大成功を収めたのがクノップ家でした。ドイツからロシアに渡り優れたビジネス感覚で大富豪となったクノップは、これまでの施設の近代化が進められ、新しい施設も次々に建設されるロシアへ、イギリス製の設備や機械を大量に供給しました。その勢いは“どの教会にも牧師がいるように、どのプラントにもクノップ社製品がある”と言われるほどだったそうです。ルター派教会の信者だったクノップ家は、ルター派教会から近いコルパチヌィ横丁にクノップ邸(Главный дом усадьбы А.Л. Кнопа)を構えました。ボリシェヴィキ革命後はロシアから逃れ、この大邸宅は国営化されました。1990年代には、実業家ミハイル・ホドルコフスキーが創設したメナテップ銀行がこの邸宅を購入して改装し、石油会社ユコスのレセプションハウスとして使用されていましたが、会社はその後国営企業ロスネフチに吸収されました。(写真は☆Discover Moscow より)

 

7、プーシキンも通った!トヴェルスカヤ通りの旧イギリス・クラブ(Английский клуб на Тверской)

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△帝政時代には貴族たちの社交の場となっていて、1831年から1917年までイギリス・クラブとして使われていました。(ロシアにおけるイギリス紳士のためのクラブは、まずサンクトペテルブルクに誕生し、続いてモスクワのこの場所にできたそうです。)文豪たちの作品にも数多く登場しているイギリス・クラブの建物や内装の美しさは、現在も博物館内で味わうことができます。なんとあの国民的詩人プーシキンが妻のナタリアと出逢ったのもこの邸宅でのダンスパーティだったと言われていますので、目を閉じてそんな華やかな時代の舞踏会を想像してみるのもロマンチックですね。周りには、プーシキンも足を運んだという文学サロン(現在はエリセーエフスキー食料品店)や、プーシキンゆかりのスポット巡りを楽しむこともできます。1917年の2月革命の後に革命博物館となり、現在はロシア現代史博物館(Музей современной истории России)となっています。

モスクワ通信『モスクワで出逢うプーシキン』

 

8、イギリスの建築家によるリニューアルが進行中!ロシア印象派美術館とお菓子工場跡の赤煉瓦造りの建物

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△2016年にモスクワにオープンしたロシア印象派美術館(Музей русского импрессионизма)。印象派といえば“西洋絵画の殿堂”プーシキン美術館、ロシアの画家といえば“ロシア絵画の殿堂”トレチャコフ美術館ですが、これまであまり注目されることのなかった“ロシアの印象派の画家たち”の作品を収集した私設美術館。かつてはボリシェヴィク(Большевик )お菓子工場だったので、小麦粉や砂糖を保管していたシリンダーの形をイメージしている建物になっています。可愛らしい赤煉瓦の工場跡は、イギリスの建築家John McAslan + Partners主導のもとで、モダンな文化スペースとして改装されています。

 

9、喜劇俳優チャップリンが大好き!彫刻家ズラフ・ツェレテリのギャラリー&ジョージア料理レストランのなかのロンドン

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△モスクワの街中にたくさんの作品を見ることができる彫刻家ズラフ・ツェレテリ。尊敬の表れでしょうか、巨大な作品や著名人の銅像を作成してはロシアから世界中に贈られており、在日本ロシア連邦大使館のなかにはステンドグラスや銅版画の大作が、鳩山会館には鳩山一郎像が寄贈されています。

ロシア大使館でNew Year Ballet Gala Consert & Party

鳩山会館で日露修好160周年記念展

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モスクワには、街中にズラフ・ツェレテリの巨大モニュメントや噴水の作品を見ることができますし、2つのギャラリーとアトリエも公開されています。湧き上がるインスピレーションで沢山の作品を創造するツェレテリの大好きなモチーフのひとつが英国の喜劇俳優チャーリー・チャップリンで、ギャラリーの中にはチャップリン作品を集めた部屋もあります。また、レストランには、世界中の都市をモチーフに描かれた陶版もあり、ここにロンドンもみることができます。ツェレテリについては今後のブログで改めてご紹介いたしますのでお楽しみに!

モスクワ通信『モスクワの宝石箱!夏空にきらめく噴水コレクション』

 

10、赤い電話ボックスに出逢える!エヴロペイスキー・ショッピングモールのロンドン・エリアとチャーチル・パブ

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△英国大使館からモスクワ川をはさんで向かいに位置するのが、ショッピングモールのエヴロペイスキー(Европейский)です。“ヨーロピアン”を意味する広いモール内は、中央アトリウムのモスクワから、パリ、ローマ、ロンドン、ベルリンと区画が分かれています。ロンドンエリアには、赤い電話ボックスやビックベンを模したショーケース。ビートルズなどのロンドンを象徴する風景や人物が映し出されるスクリーンも。

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△そして、モスクワ市内には雰囲気のあるイギリス風パブもたくさんあります。第二次大戦時の宰相ウィンストン・チャーチルの名をとったこちらのチャーチル・パブはお店の前に赤い電話BOXが置かれています。お気に入りのパブを見つけてロンドナー気分でビール片手にサッカー観戦もいいかもしれません。

 

16、ピョートル大帝の友人でブレーンとなったヤコブ・ブルース(Jacob Bruce)とナポレオン戦争でロシアを救ったマイケル・アンドレアス・バークレイ・ディ・トリー( Michael Andreas Barclay de Tolly)

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△スコットランドの家系で、科学や軍事戦略に秀でていたヤコブ・ブルース(Jacob Bruce)は、当時のロシアにおいて最も教養のある人物として政治、軍事、外国あらゆる面でピョートル大帝のブレーンの一人となっていました。天文学や自然科学にも知見が深く、かつてモスクワのランドマークだったスハレフ塔(Сухарева башня)にロシアで初の天文台を作りました。また、博識なブルースの蔵書が並ぶ図書館は、現在のロシア科学アカデミーの図書館の元になっていると言われています。錬金術や魔術の使い手としても知られており、18世紀にスハレフ塔のデザインを刷新してその壁のなかに黒魔術の奥義書を埋め込んだという噂がまことしやかに囁かれました。スターリンの命によりこのスハレフ塔が破壊されてしまいましたが、モスクワ郊外モニノにはかつてのブルースの邸宅が残っているそうです。(写真はWikipediaより)

モスクワ通信『夏の展望テラス! ロシア科学アカデミー22階 Sky Lounge』

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△1812年にフランス帝国のナポレオン1世が大軍を率いてロシアへ侵攻しモスクワへ到達しようとしていた局面で、スコットランドの血を引くロシア軍の総司令官だったマイケル・アンドレアス・バークレイ・ディ・トリー(Michael Barclay de Tolly)は、フランス軍との会戦を避けて退却し、敵軍を疲弊させる戦略をとりました。その後、ロシア軍総司令官はミハイル・クトゥーゾフに代わりますが、この戦法が継承され、結果として勝利に導くきっかけを作った英雄として高く評価されています。サンクトペテルブルクのイサク聖堂では、銅像もみることが出来ます。(写真はWikipediaより)

番外編

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世界中で愛されている『不思議の国のアリス』の著者ルイス・キャロルが、この本を出版した約1年半後の1867年にロシアを旅していたことはほとんど知られていないのではないでしょうか・・・!キャロルが英国を出たのは結果としてこのロシア旅行だけだったそうです。モスクワではロシア伝統のキャベツのスープを飲んだり、ナナカマドのお酒を飲んだり、旅行記の中には気になったロシア語の単語(とても長い単語”защищающихся”など)を書き留めたりもしていました。

 

参考文献

☆The Telegraph 10 places in Moscow that are surprisingly British

☆Russia Beyond The 12 most English places in Moscow

 

【モスクワ通信】新生ロシア連邦の誕生から30年・・・モスクワの10年をプレイバック!

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今年2021年のロシア文化フェスティバル IN JAPANでは、1991年新生ロシア連邦の誕生から今日までの30年をテーマにした写真展が開催されます。今回は、このロシア文化フェスティバルblogのモスクワ通信アーカイブ記事を振り返り、また今後予定されているブログ記事の予告もはさみながら、ここ10年のモスクワの変化を追いかけてみたいと思います。

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△まずは、モスクワの新アイコンとなったモスクワシティです。89階360mに位置する天空のアイスクリーム工場&チョコレート工場は出来立てのアイスクリームが食べ放題!ロシアの定番プロムビール味(ミルクともバニラともちょっと違う生クリーム味)のスタカンチク(コップ型のアイス)を味わいながら絶景を楽しんだり、シアターでモスクワの歴史を学んだりすることができます。ロシア版キッザニアとも言えるマステルスラブリ(Мастерславль)、空に手が届きそうなパノラマビューのレストランSixtyでは音楽とともに窓が開くスペシャルタイムがあったり・・・現在も進化を続けています。

モスクワ通信『食べ放題!天空のアイスクリーム工場がある展望台PANORAMA360』

モスクワ通信『職業はシークレットサービス!?キッザニア・モスクワ体験』

 

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△こちらもモスクワ観光の新名所Парк «Зарядье» ザリャージエ公園。2017年9月にホテル・ロシア跡地にオープンしました。モスクワ川にそそり出るパノラマ展望デッキや、宇宙がテーマの旧ソ連&ロシア料理レストラン、ロシア人にも大人気の新感覚4Dモスクワ&ロシア観光飛行アトラクションや氷の洞窟など・・・こちらもつぎつぎに話題のスポットが登場しています。モスクワ中心部では最も新しいコンサート・ホールもあり、ここでは2019年チャイコフスキー国際コンクール受賞者ガラ・コンサートも開催されました。

 

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△自転車愛好家が街に増えたのも大きな変化ではないでしょうか。誰でもレンタルできるシティサイクル人気はもちろん、日本の道路では見かけないような乗り物も!

モスクワ通信『モスクワ散歩の進化系!?街中で人気の乗り物』

 

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△新型コロナウイルスの世界的な感染拡大よりも前から、ロシアではアプリを利用したタクシーやデリバリーが日常化していました。コロナ禍では世界初にして唯一と称するデリバリー スタッフに捧げる感謝の銅像まで登場して話題になりました。

 

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△バスはアプリで位置情報が確認できるようになり、電気バスも増えました!IC交通カードのトロイカがあれば乗り継ぎも楽ちんです。乗用車の路上駐車もアプリで管理されています。(写真の看板の中にご覧いただけるルーブルのマークも新生ロシアになってから普及しました。)絢爛豪華な地下鉄駅巡りは観光名所にもなっていますが、昔からの路線は郊外まで延び、趣向を凝らしたデコレーションの新しい駅もつぎつぎに登場しています。写真は2010年に完成した黄緑ライン(Люблинско-Дмитровская линия)のドストエフスキー駅。文豪ドストエフスキーの家博物館の最寄駅になっており、ホーム全体に数々の作品が大理石のグラデーションで表現されています。地下鉄の駅については今後のブログでまた改めて詳しくご紹介できたらと思っております。

 

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△2009年から日本の新幹線のようにモスクワとサンクトペテルブルクを約3時間半でつなぐ高速鉄道Сапсан(サプサン)をはじめ、2016年開業のМЦК(Московское центральное кольцо モスクワ中央環状線)や2019年開業のМЦД (Московские центральные диаметры)など、新しい路線が増えました!空港直通のアエロエクスプレスも快適です。

モスクワ通信『あなたはどちら?寝台特急レッド・アロー号それとも高速鉄道サプサン?』

 

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△ロシアへの玄関口である国際空港もずいぶんと明るくリニューアルされています。長い長い行列やタクシー乗り場のカオス、無愛想な職員さんの態度など“ソ連的なおもてなし”を味わえるのもあと数年ではないでしょうか・・・!

モスクワ通信『プーシキンがお見送り&お出迎え!シェレメチェヴォ空港』

 

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ソチ冬季五輪、サッカーのワールドカップなど国際的なイベントが開催され、街には英語表記の案内が増えるなど、観光客に優しいロシアに変わりつつあります。雀が丘からモスクワ川上空を通るケーブルカーに、オスタンキノTV塔を眺めながら走るモノレール、モスクワ市内観光バスにモスクワ川の観光クルーズなども人気を集めています。

モスクワ通信『モスクワ川クルーズへご案内!』

モスクワ通信『2階建てバスに乗って観光してみよう!』

 

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△街は美しくデコレーションされ、ロシアの季節を味わうフェスティバルが開催されています。“カワイイ”はすっかりロシア語にも定着したようで、日本のアニメやコスプレ、ポップカルチャーを紹介するフェスティバルも毎年開催されています。日ロ国交回復50周年の2006年には「ロシア文化フェスティバル IN JAPAN」が始まり、それから毎年開催され多くの方に愛され大成功を収めてきたことを受けて、2018年日露交流年には、『ロシアにおける日本年』&『日本におけるロシア年』が史上初めて両国で同時に開催されました。そしてロシア文化フェスティバルは今もさらなる歩みを続けています。

モスクワ通信『新しいモスクワ歳時記!季節を楽しむフェスティバル』

 

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△さらにモスクワではここ十数年の間にお洒落なレストランがつぎつぎにオープン。市民の台所だった昔ながらの市場は充実したフードコートを兼ね備えた食のテーマパークに変身していきました。多くのロシア人が外食を楽しむようになり、ロシアの国産牛の美味しさをアピールするハンバーガーやステーキ店が急増し(写真は金粉とイクラで光るロシアの“皇帝バーガー”)、ロシアの美味しい国産ワインが流通するようになったかと思うと、海のないモスクワで新鮮なシーフードを提供するお店も急増。和食の人気も高く、寿司ブームからはじまって、今ではスーパーではロール寿司づくりの基本的な材料は揃うようになりましたし、日本のコンビニのようなおにぎりが売られ、フードコートで本格的な生のお魚を使ったお寿司が味わえることもあります。そんななか日本のうどんチェーン店も上陸しロシア人にも愛されています。また、日本人料理人が腕を振るうレストランも増え、美味しいラーメンも食べられるようになりました。食に限らず車や化粧品、おむつなど赤ちゃん用品も・・・値段は高くても質の良さで勝負できる“日本ブランド”の人気は絶大です。

 

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△最新ファッションや海外ブランドが出店するショッピングモールもずいぶんと増えました。日本のユニクロもモスクワっ子たちの間に浸透しています。ロシアから世界に発信されるブランドも登場し、例えばシベリアのハーブを原料にしたオーガニック化粧品を提供するナチュラシベリカ(NATURA SIBERICA)は、かつて東京の青山にも路面店がありましたが、世界へ展開されています。一方で、お洒落なロシアのショッピングモールのなかにはロシア人自らがソ連時代をテーマにプロデュースする食堂や食料品店もありこちらも人気です。冷戦時代の地下の核シェルターが博物館として公開されたり、ソ連時代のアーケードゲームの博物館などもここでしか味わえないユニークさです。ボルシチに欠かせないビーツや伝統の黒パンも改めて注目され、昔ながらの味を大切にしながら進化形も楽しむことができます。

モスクワ通信『地下核シェルターに潜入!冷戦博物館』

モスクワ通信『Мумий Тролль(ムミー・トローリ)のミュージック・バー』

モスクワ通信『ロシアで味わいたい!ビーツいろいろ』

 

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△紅茶の国だったロシアに、コーヒーチェーンが登場すると、急速にカフェブームが進みました。今では町中に美味しいコーヒーが飲めるカフェがあり、ロシア発祥のコーヒー”ラフ・コーヒー(Раф-кофе)”なるものも。最近では抹茶ラテも人気メニューの仲間入りをしています。

 

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△市民生活のなかでの大きな変化といえば、2017年頃から少しずつ、ゴミの分別も意識されるようになり、街中に分別用のゴミ箱が増えてきました。環境問題に意識の高い層を中心に、地球に優しいエコバックなども流行しています。食品には、添加物ゼロを表記した商品も増えましたし、オーガニック食品を販売するお店やレストランのメニューにベジタリアン向けの料理を示すマークを見つけたりもします。

ここまでモスクワのここ10年の変化のなかで私にとって印象的だった部分をプレイバックしてきましたが、もちろんこれはまだほんの一部です。6月開催の『1991−2021 新生ロシア連邦30周年記念写真展』では、ぜひロシア全体の30年のダイナミックな変化を感じてください!

 

モスクワ通信『宇宙飛行士の星の街(後編)国際宇宙ステーション』

2020-12-21

ロシア文化フェスティバルblogより)

さて、ここまで星の街のソユーズ宇宙船についてご紹介しましたが、続いてご覧いただくのはそのソユーズ宇宙船がドッキングする国際宇宙ステーション(ISS)のシミュレーターです。ISSは、地球の約400km上空の軌道を飛んでいる宇宙の実験室です。日本とロシアを含め、米国やカナダ、欧州など15カ国が協力して建設しました。

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△国際宇宙ステーションの50分の1の模型

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△見学に訪れた2018年、ソユーズ宇宙船に乗船して国際宇宙ステーションに長期滞在していた宇宙飛行士が紹介されていました。ソユーズ宇宙船は3人乗りだったのでこれまではISSに6名の宇宙飛行士が長期滞在していましたが、2020年に打ち上げられたアメリカのスペースXは4人乗りのため、現在は7名の宇宙飛行士が滞在しています。

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△星の街の訓練施設内にある国際宇宙ステーションのシミュレーター。

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△地球の周りを1日に約16周(スピードは1周約90分)回りながら、宇宙飛行士たちによってさまざまな実験や観測が行われています。

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△1998年、ISSに最初に打ち上げられたモジュールはロシアのザリャー(ЗАРЯ)でした。その両側にはソユーズ宇宙船のドッキングポートがあります。ロシアのモジュールには、ザリャーの他にズヴェズダもあります。また、モジュールには、アメリカの実験棟デスティニーやヨーロッパの実験棟コロンバスがあるほか、2009年には日本の実験棟きぼうが完成しました。

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△ロシア・モジュールのズヴェズダー(ЗВЕЗДА)のなかに入ることが出来ました。

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宇宙をテーマにした映画などを観ると、宇宙船はとてもハイテクなイメージですが、ソユーズ宇宙船やロシアのモジュールはどこかソ連時代の工場を訪れているような気持ちになります。しかし、究極に考え抜かれたシンプルな構造になっているため、不具合や故障があった際にも、すぐに原因を突き止め自らの手で修理することが可能だという利点があり、初飛行から50年以上を経た今もその基本的な構造は変えずに利用されています。

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△宇宙のトイレ。バキューム式になっており、ホースから吸い込んだ尿は、浄化されて貴重な飲料水として再利用されるのだそう。

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△食事するテーブルには、宇宙食をバンドで止めたり、温めたり出来る設備がついていました。

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△宇宙食には、お湯を入れて食べるフリーズドライタイプと、温めて食べるレトルトタイプ、缶詰やチューブタイプがあります。宇宙では地上よりも味が分かりにくくなるため、スパイシーなものなど濃い味付けのものが好まれるそうで、ロシア製の宇宙食はこってりした味付けで好評なのだそうです。

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△(Экскурсии в Звёздный городокのサイトより転載)宇宙飛行士訓練センターでは、このほかにも想定されうるありとあらゆる状況に対応できるように訓練が行われます。巨大プール内に作られた国際宇宙ステーションでは、特殊な宇宙服を装着しての水中訓練があり、この水中での感覚が実際の宇宙での無重力状態でもとても有益なのだそうです。 また、ソユーズ宇宙船では、特に軌道に入る時と出る時に通常の3、4倍もの負荷がかかるそうで、その訓練のために1980年に登場したのがこの巨大な機械Центрифуга ЦФ-18です。カプセルのなかに座り、ぐるぐると高スピードで回すことで負荷をかけるのだそう・・・実際にはF1レースのような感覚なのだそうですが、ここではさらに強い負荷をかけて訓練しておくそうです。

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△ソ連は、世界初となる宇宙ステーションを開発し、人類が宇宙に長期滞在できるための施設としてサリュートを打ち上げました。その後サリュートは宇宙における人類の長期滞在記録を更新しながら改良が重ねられました。1986年2月には、サリュートに替わる宇宙ステーションとしてミールが打ち上げられ、 2001年3月まで利用されていました(写真)。ミールは別々に打ち上げられた7つのモジュールが結合して出来ています。そして1998年からは現在も使用されている国際宇宙ステーションの建設が始まります。サリュートやミールの打ち上げも行ったプロトンロケットによって打ち上げられたザリャーから始まり、何年にもわたってソユーズ宇宙船やアメリカのスペースシャトル、スペースXで構成要素が運ばれ、宇宙空間で組み立てられて、現在も進化を続けています。

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△顔をはめれば、あなたも宇宙飛行士の仲間入り・・・!?

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△ソユーズがドッキングしています。

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△宇宙での記録のためにさまざまなカメラが使われてきました。なかでも日本のNikon製品は特殊な宇宙空間でも信頼出来る品質で長く愛用されています。

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△ソユーズ宇宙船に乗る時に着用するソーコル宇宙服も展示されていました。宇宙船にトラブルが発生した時に酸素を供給したり圧力を調整したりして宇宙飛行士の身体を守ってくれる優れものです。ツアーでは、実際に宇宙服を着用したり宇宙食を試食できるオプションもありました。

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△国際宇宙ステーション内などで宇宙飛行士たちが着用している衣服も展示されていました。

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△さて、こちらはソ連時代からロケットの打ち上げが行われてきたカザフスタンのバイコヌール宇宙基地です。ソ連からロシアになり現在はカザフスタン領ですが、宇宙基地を使用するため、ロシアが年間1億1500万ドルを払い租借地としている、総面積6717平方kmにもなる世界最大の宇宙基地です。年間を通して晴れの日が多く乾燥した気候で宇宙へ続くどこまでも青い空が広がっています。打ち上げの約2、3日前には格納庫から発射台へ鉄道で運んでいく“ロールアウト”が行われますが、ロシアでは宇宙飛行士たちは自分の乗り込むロケットのロールアウトは見ない方が良いという迷信があるのだそうです。

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△ソユーズ宇宙船は、この打ち上げロケットの先端部分に搭載されています。その下部分は燃料で、エンジンに着火するとゆっくりと空へ向かって飛び立ち、第1段ブースター、第2段ブースター、第3段ブースターと順に燃料が使われて、使用後のロケットは切り離されて落下。最後には、ソユーズ宇宙船のみとなります。

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△JAXAの事務所を訪問しました。日本人初の宇宙飛行士となった秋山豊寛飛行士が、1989年に星の街で訓練を開始し、1990年にソユーズ宇宙船で宇宙へ、ミールに滞在しました。その後、毛利衛飛行士(米国スペースシャトルに日本人として初登場)、向井千秋飛行士(日本人女性初)、土井隆雄飛行士(日本人初の船外活動)・・・と、スペースシャトル搭乗が続きます。シャトルの引退もあり、再び星の街にたくさんの日本人宇宙飛行士が訓練に訪れるようになり、野口聡一飛行士、古川聡飛行士、星出彰彦飛行士、若田光一飛行士、油井亀美也飛行士、大西卓哉飛行士、金井宣茂飛行士と毎年のようにソユーズ宇宙船で宇宙へ飛び立ちました。

外国人宇宙飛行士たちが居住するコテージは数名の飛行士が同居しており、1日の長い訓練が終わると、キッチンに集まって談笑したり、お料理自慢の飛行士が得意料理を振る舞ってくれたりもするのだそうで、さながら合宿所のようなんだとか。

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△小さなお土産屋さんには、星の街のマークが入ったグッズやガガーリンの関連グッズなどここでしか入手できない貴重なものも。

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△さまざまな宇宙食、宇宙や宇宙飛行士をテーマにしたロシア雑貨・・・

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△宇宙飛行士マトリョーシカや星の街特製!グジェリ焼きのチェブラーシカ

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△施設の周りは自然豊かで、子供たちが遊んだり、老夫婦がベンチで日向ぼっこを楽しんだり、のどかな光景も見られます。

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△ガガーリン(Юрий Алексеевич Гагарин)の銅像。現在もガガーリンが初の有人宇宙飛行に成功した4月12日は宇宙飛行士の日としてロシアでは毎年祝われています。

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△とても穏やかな性格で皆の人気者だったガガーリン。後ろに隠した手には花を持っています。最愛の奥様に捧げるプレゼントでしょうか・・・!初飛行後、世界各国に招かれたガガーリンは1962年に日本も訪れています。

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△国民的英雄となったガガーリンでしたが、1968年の飛行機事故で34歳の若さでこの世を去ってしまいます。宇宙飛行士訓練の時にも乗り、また悲劇の死を迎える事故の時にも乗っていた飛行機と同じミグ15(МиГ-15 УТИ)の飛行機が飾ってありました。

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△星の街には、宇宙がモチーフのモニュメントもあちらこちらで見かけますし、建物の壁面やお店のステンドグラスなどちょっとした場所にも宇宙がテーマのデコレーションを発見することができます。

星の街の人々が日用品の買い出しに利用しているショッピングセンターの中には、コスモスカフェもあり、運が良ければ宇宙飛行士たちに会えることも・・・!

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△この日も店内に飛行士が入ってくると、一角でビールを飲んでいた宇宙好きの男性が近づいていき、握手を求めていました。

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△宇宙から見た地球の青色でしょうか!空色の屋根が印象的なロシア正教会の鐘の音が星の街に響きます。 

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さて、2021年秋頃には、13年ぶりに日本人宇宙飛行士の募集が予定されています。有人月面着陸では1969年7月米国アポロ11号で月面着陸に成功している米国NASA主導で進められているアルテミス計画にも注目が集まっており、ロシアのロスコスモスも、月面を周回する宇宙ステーション「GateWay」に協力する姿勢を示しています。“日本人初の、そしてロシア人初の、夢の月面着陸”を果たすのは、いったいどんな人物なのでしょう・・・!