【旧ソ連圏 バルト3国 エストニアのなかのロシア】〜まとめ〜

2020-05-09

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ロシアの飛び地カリーニングラードから旧ソ連圏のバルト3国を北上してリトアニア 、ラトヴィアそしてエストニアへ!1991年に旧ソ連からの独立を宣言し2004年にEUに加盟しています(エストニア語で通貨はユーロ)。首都タリンの城壁に囲まれた旧市街は世界遺産。落ちついた趣きのある路地に扉が個性的なパステルカラーの建物が並ぶ下町エリアも、尖塔を見下ろすロシア正教会がある丘の上の山の手エリアも魅力的。ピョートル大帝の足跡もあちらこちらに残っており、ロシアの貴族が好んで訪れたバルト海の小さな保養地ハープサルには、海辺のプロムナードに作曲家チャイコフスキーのベンチもありました(2019年8月)

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【旧ソ連圏 バルト3国 エストニアのなかのロシア】チャイコフスキーのベンチで、ハープサルの想い出

【旧ソ連圏 バルト3国 エストニアのなかのロシア】海辺のチャイコフスキーのベンチとハープサルの想い出

ピョートル大帝や作曲家チャイコフスキーも好んで訪れたという海辺の保養地ハープサルへ!

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△太っちょマルガリータの前からトラムに乗り、タリンのバスターミナルに到着

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△バスターミナル前には可愛らしいクラシック・バスが展示されていました。ターミナル内でチケットを購入。

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△タリンからハープサルへ、快適なバスで2時間弱。

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△途中の停車駅で見かけた素敵なベンチ

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△旧ハープサル鉄道駅前に到着しました。現在は使用されていない鉄道駅ですが・・・

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△線路には昔の列車が展示されていました。

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△駅舎内には、小さな博物館もあります。

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△駅舎前では、バイクのお祭りも!観光客を乗せるツアー・トレインも走っています。

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△市街地へ続く1本道。両側には、ロシアのダーチャ(ロシア人が郊外に持っている菜園付きの別荘)のような家が並びます。ハープサルで亡くなった詩人エルネスト・エンノの銅像。

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△小さな教会

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△さて、この日は偶然にも、年に一度のハープサルのお祭り『白夜の乙女の日々』が開催されていました。

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△お城へとつづく街のメインストリートは歩行者天国になり、たくさんの出店が並んでいます。お土産や手工芸品が並びますが、小さな海辺の町ハープサルといえばハープサル・レース!

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△ハープサル・レース・センター

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△ロシアの皇帝や貴族たちの夏の保養地だったハープサル。長い冬の間、ハープサルの女性たちはバスケットを横に置きレース編みをして過ごし、夏には海辺の散歩道で販売していました。ロシアの冬にも暖かいショールやプラトークはもちろん、夏にもつけられそうなレース編みの帽子も素敵です。

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△代表的なすずらんやライラックの葉以外にも、セイヨウオキナグサ、ヤナギやハンノキの葉や小枝、・・・主に植物から考案された数十種類のパターンは、世代から世代へと受け継がれ現在も増え続けています。奥は小さなミュージアムになっており、ハープサル・レースの歴史や作品について紹介されています。

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△(写真左)19世紀後半、バスケットを前に女性たちが並んでレースを編んでいます。(写真右)現在も、お客さんが途切れるとすぐ横のバスケットから編みかけのレースを取り出し、ささっと手を動かし初めます。ここでは職人さんによるワークショップもあるそうです。

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△ハープサル・レースの起源ははっきりしていませんが、ロシアのオレンブルクから伝わったという説もあるそうで、オレンブルク・レースについても展示されていました。

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△(左)ハープサル・レースを代表するパターン“すずらん”

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△レース編みのウェディングドレスも!

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△たくさんの屋台のなかには・・・ハープサルのなかの日本!お寿司や天ぷらを売る屋台も。

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△アンナ・パヴロワ味のアイスクリームを発見!伝説のバレリーナのアンナ・パヴロワの名前のついたデザート、このバルト三国の旅でよく見かけました。真っ白のメレンゲと赤いベリーの組み合わせが愛らしいデザートです。

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△ハープサル城の前の広場ステージでは大音響でコンサート!

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△13世紀の城は、教会部分のみ修復されて残っています。昔むかし、ある司祭とハープサルの娘が恋に落ちます。司祭は娘を城に連れてきて、男性聖歌隊の白い衣装を着て長い間そこで暮らしていました。しかし、ある日、城に司教が訪れ、女性だと見破れてしまいます。娘は罰としてこの城の壁に塗り込められてしまいました。娘の叫び声は、しばらくの間城中に響き渡っていたそうです。

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毎年8月の満月の日には、二人の永遠の愛の伝説をモチーフにした幻想的な演劇が野外ステージで上演され、

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△そのクライマックスには白い衣装を纏った女性の霊が教会のチャペルの窓に現れるのです・・・!

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△海が見えてきました!海辺にはたくさんの木造邸宅が並びます。

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△こちらは、1715年にピョートル大帝が滞在していた邸宅。タリン市内にあるピョートル大帝の邸宅もそうですが、とてもこじんまりとしていて質素。あの身長2mのピョートル大帝のイメージとはかけ離れていて記念プレートがなければ通り過ぎてしまいそう・・・

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△そしてこちらは、チャイコフスキーの滞在した邸宅です。1867年、作曲家ピョートル・チャイコフスキーは、10歳年下の双子の弟モデスト&アナトーリーとともに、このハープサルで夏を過ごしました。チャイコフスキーが27歳、ちょうどモスクワ音楽院で教鞭をとっていた頃のことです。しばしば早朝に日の出を見るために海辺へ散歩に出かけたりもしていたそうです。散歩中に出逢ったエストニア人の少女が、エストニアの可愛いフォークソング“DEAR MARY”を口ずさみながら歩いていたことにインスピレーションを受け、のちに交響曲第6番の中にこのメロディーを付け加えたと言われています。

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△1940年には海辺のプロムナードにチャイコフスキーのベンチが置かれました。このベンチにはその交響曲第6番の中の“DEAR MARY”のメロディーが刻まれていて、音楽も流れますので、海を眺めつつベンチに座って楽しむことが出来ます。

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△交響曲6番。ベンチに刻まれていたメロディーは、第2楽章(この映像では22分50秒くらいの場所)

△他にも、チャイコフスキーの作品には、ピアノ組曲『ハープサルの想い出』もあります。第1曲『城の廃墟』第2曲スケルツォ(4:50)そして第3曲がよく知られている『無言歌』(9:05)

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△海辺のプロムナード

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△ホッキョクグマ、あざらし、ワニなどユニークな彫刻が点在していました。この辺りは良質な泥がとれるそうで、現在もスパや保養施設が充実しています。

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忘れられない夏の一日、“ハープサルの想い出”をありがとう!