モスクワ通信『宇宙飛行士の星の街(後編)国際宇宙ステーション』

2020-12-21

ロシア文化フェスティバルblogより)

さて、ここまで星の街のソユーズ宇宙船についてご紹介しましたが、続いてご覧いただくのはそのソユーズ宇宙船がドッキングする国際宇宙ステーション(ISS)のシミュレーターです。ISSは、地球の約400km上空の軌道を飛んでいる宇宙の実験室です。日本とロシアを含め、米国やカナダ、欧州など15カ国が協力して建設しました。

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△国際宇宙ステーションの50分の1の模型

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△見学に訪れた2018年、ソユーズ宇宙船に乗船して国際宇宙ステーションに長期滞在していた宇宙飛行士が紹介されていました。ソユーズ宇宙船は3人乗りだったのでこれまではISSに6名の宇宙飛行士が長期滞在していましたが、2020年に打ち上げられたアメリカのスペースXは4人乗りのため、現在は7名の宇宙飛行士が滞在しています。

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△星の街の訓練施設内にある国際宇宙ステーションのシミュレーター。

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△地球の周りを1日に約16周(スピードは1周約90分)回りながら、宇宙飛行士たちによってさまざまな実験や観測が行われています。

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△1998年、ISSに最初に打ち上げられたモジュールはロシアのザリャー(ЗАРЯ)でした。その両側にはソユーズ宇宙船のドッキングポートがあります。ロシアのモジュールには、ザリャーの他にズヴェズダもあります。また、モジュールには、アメリカの実験棟デスティニーやヨーロッパの実験棟コロンバスがあるほか、2009年には日本の実験棟きぼうが完成しました。

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△ロシア・モジュールのズヴェズダー(ЗВЕЗДА)のなかに入ることが出来ました。

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宇宙をテーマにした映画などを観ると、宇宙船はとてもハイテクなイメージですが、ソユーズ宇宙船やロシアのモジュールはどこかソ連時代の工場を訪れているような気持ちになります。しかし、究極に考え抜かれたシンプルな構造になっているため、不具合や故障があった際にも、すぐに原因を突き止め自らの手で修理することが可能だという利点があり、初飛行から50年以上を経た今もその基本的な構造は変えずに利用されています。

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△宇宙のトイレ。バキューム式になっており、ホースから吸い込んだ尿は、浄化されて貴重な飲料水として再利用されるのだそう。

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△食事するテーブルには、宇宙食をバンドで止めたり、温めたり出来る設備がついていました。

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△宇宙食には、お湯を入れて食べるフリーズドライタイプと、温めて食べるレトルトタイプ、缶詰やチューブタイプがあります。宇宙では地上よりも味が分かりにくくなるため、スパイシーなものなど濃い味付けのものが好まれるそうで、ロシア製の宇宙食はこってりした味付けで好評なのだそうです。

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△(Экскурсии в Звёздный городокのサイトより転載)宇宙飛行士訓練センターでは、このほかにも想定されうるありとあらゆる状況に対応できるように訓練が行われます。巨大プール内に作られた国際宇宙ステーションでは、特殊な宇宙服を装着しての水中訓練があり、この水中での感覚が実際の宇宙での無重力状態でもとても有益なのだそうです。 また、ソユーズ宇宙船では、特に軌道に入る時と出る時に通常の3、4倍もの負荷がかかるそうで、その訓練のために1980年に登場したのがこの巨大な機械Центрифуга ЦФ-18です。カプセルのなかに座り、ぐるぐると高スピードで回すことで負荷をかけるのだそう・・・実際にはF1レースのような感覚なのだそうですが、ここではさらに強い負荷をかけて訓練しておくそうです。

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△ソ連は、世界初となる宇宙ステーションを開発し、人類が宇宙に長期滞在できるための施設としてサリュートを打ち上げました。その後サリュートは宇宙における人類の長期滞在記録を更新しながら改良が重ねられました。1986年2月には、サリュートに替わる宇宙ステーションとしてミールが打ち上げられ、 2001年3月まで利用されていました(写真)。ミールは別々に打ち上げられた7つのモジュールが結合して出来ています。そして1998年からは現在も使用されている国際宇宙ステーションの建設が始まります。サリュートやミールの打ち上げも行ったプロトンロケットによって打ち上げられたザリャーから始まり、何年にもわたってソユーズ宇宙船やアメリカのスペースシャトル、スペースXで構成要素が運ばれ、宇宙空間で組み立てられて、現在も進化を続けています。

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△顔をはめれば、あなたも宇宙飛行士の仲間入り・・・!?

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△ソユーズがドッキングしています。

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△宇宙での記録のためにさまざまなカメラが使われてきました。なかでも日本のNikon製品は特殊な宇宙空間でも信頼出来る品質で長く愛用されています。

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△ソユーズ宇宙船に乗る時に着用するソーコル宇宙服も展示されていました。宇宙船にトラブルが発生した時に酸素を供給したり圧力を調整したりして宇宙飛行士の身体を守ってくれる優れものです。ツアーでは、実際に宇宙服を着用したり宇宙食を試食できるオプションもありました。

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△国際宇宙ステーション内などで宇宙飛行士たちが着用している衣服も展示されていました。

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△さて、こちらはソ連時代からロケットの打ち上げが行われてきたカザフスタンのバイコヌール宇宙基地です。ソ連からロシアになり現在はカザフスタン領ですが、宇宙基地を使用するため、ロシアが年間1億1500万ドルを払い租借地としている、総面積6717平方kmにもなる世界最大の宇宙基地です。年間を通して晴れの日が多く乾燥した気候で宇宙へ続くどこまでも青い空が広がっています。打ち上げの約2、3日前には格納庫から発射台へ鉄道で運んでいく“ロールアウト”が行われますが、ロシアでは宇宙飛行士たちは自分の乗り込むロケットのロールアウトは見ない方が良いという迷信があるのだそうです。

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△ソユーズ宇宙船は、この打ち上げロケットの先端部分に搭載されています。その下部分は燃料で、エンジンに着火するとゆっくりと空へ向かって飛び立ち、第1段ブースター、第2段ブースター、第3段ブースターと順に燃料が使われて、使用後のロケットは切り離されて落下。最後には、ソユーズ宇宙船のみとなります。

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△JAXAの事務所を訪問しました。日本人初の宇宙飛行士となった秋山豊寛飛行士が、1989年に星の街で訓練を開始し、1990年にソユーズ宇宙船で宇宙へ、ミールに滞在しました。その後、毛利衛飛行士(米国スペースシャトルに日本人として初登場)、向井千秋飛行士(日本人女性初)、土井隆雄飛行士(日本人初の船外活動)・・・と、スペースシャトル搭乗が続きます。シャトルの引退もあり、再び星の街にたくさんの日本人宇宙飛行士が訓練に訪れるようになり、野口聡一飛行士、古川聡飛行士、星出彰彦飛行士、若田光一飛行士、油井亀美也飛行士、大西卓哉飛行士、金井宣茂飛行士と毎年のようにソユーズ宇宙船で宇宙へ飛び立ちました。

外国人宇宙飛行士たちが居住するコテージは数名の飛行士が同居しており、1日の長い訓練が終わると、キッチンに集まって談笑したり、お料理自慢の飛行士が得意料理を振る舞ってくれたりもするのだそうで、さながら合宿所のようなんだとか。

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△小さなお土産屋さんには、星の街のマークが入ったグッズやガガーリンの関連グッズなどここでしか入手できない貴重なものも。

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△さまざまな宇宙食、宇宙や宇宙飛行士をテーマにしたロシア雑貨・・・

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△宇宙飛行士マトリョーシカや星の街特製!グジェリ焼きのチェブラーシカ

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△施設の周りは自然豊かで、子供たちが遊んだり、老夫婦がベンチで日向ぼっこを楽しんだり、のどかな光景も見られます。

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△ガガーリン(Юрий Алексеевич Гагарин)の銅像。現在もガガーリンが初の有人宇宙飛行に成功した4月12日は宇宙飛行士の日としてロシアでは毎年祝われています。

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△とても穏やかな性格で皆の人気者だったガガーリン。後ろに隠した手には花を持っています。最愛の奥様に捧げるプレゼントでしょうか・・・!初飛行後、世界各国に招かれたガガーリンは1962年に日本も訪れています。

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△国民的英雄となったガガーリンでしたが、1968年の飛行機事故で34歳の若さでこの世を去ってしまいます。宇宙飛行士訓練の時にも乗り、また悲劇の死を迎える事故の時にも乗っていた飛行機と同じミグ15(МиГ-15 УТИ)の飛行機が飾ってありました。

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△星の街には、宇宙がモチーフのモニュメントもあちらこちらで見かけますし、建物の壁面やお店のステンドグラスなどちょっとした場所にも宇宙がテーマのデコレーションを発見することができます。

星の街の人々が日用品の買い出しに利用しているショッピングセンターの中には、コスモスカフェもあり、運が良ければ宇宙飛行士たちに会えることも・・・!

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△この日も店内に飛行士が入ってくると、一角でビールを飲んでいた宇宙好きの男性が近づいていき、握手を求めていました。

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△宇宙から見た地球の青色でしょうか!空色の屋根が印象的なロシア正教会の鐘の音が星の街に響きます。 

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さて、2021年秋頃には、13年ぶりに日本人宇宙飛行士の募集が予定されています。有人月面着陸では1969年7月米国アポロ11号で月面着陸に成功している米国NASA主導で進められているアルテミス計画にも注目が集まっており、ロシアのロスコスモスも、月面を周回する宇宙ステーション「GateWay」に協力する姿勢を示しています。“日本人初の、そしてロシア人初の、夢の月面着陸”を果たすのは、いったいどんな人物なのでしょう・・・!

モスクワ通信『宇宙飛行士の星の街(前編) ガガーリン宇宙へ!ソユーズ誕生』

2020-12-20

ロシア文化フェスティバルblogより)

モスクワ北東およそ25kmの場所には、星の街(Звёздный городок)と呼ばれる、宇宙飛行士を訓練するための広大な敷地が広がっています。かつては、星の街そのものが軍事施設で、宇宙飛行士を含めその訓練を行う教官なども軍人で、1960年代までは閉鎖都市でした。その後、退役した宇宙飛行士が家族とともに暮らすようになり、住居エリアの周りには学校や公園、ショッピングセンターやスーパーマーケットなどの店舗、映画館やスポーツ施設などもある自然豊かな小さな町となって日常生活が営まれています。現在も、星の街へ入るためには申請が必要ですし、さらにその敷地の中でも宇宙飛行士訓練施設を含むエリアは区別されていますが、こちらも事前申請をすると見学ツアーに参加できます。

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△モスクワ中心部からは車で約1時間。星の街のゲートを通過してからも、さらに車で数分ほど森の中の一本道が続きます。

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△建物入り口では、かの有名なユーリー・ガガーリン飛行士がお出迎え!

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戦後ソ連ではアメリカと競うように宇宙計画が行われ、“ソ連の宇宙飛行の父”と呼ばれる研究者ツィオルコフスキー(Константин Эдуардович Циолковский)や“ソ連のロケット開発の父”設計士コロリョフ(Сергей Павлович Королёв)の貢献もあり、ソ連独自のロケット開発が進められます。1957年10月には人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功します。

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△施設にもツィオルコフスキー(左)とコロリョフ(右)の写真が飾られていました。

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△チカーロフスキー飛行場の隣に位置する星の街に、初めてロシア空軍による宇宙飛行士訓練センターが設立されたのは1960年1月11日で、宇宙飛行士候補として選抜された精鋭20名にさまざまな適性検査や厳しい訓練が行われました。現在この訓練センターには、ユーリー・ガガーリンの名が冠されています。

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△そして1961年4月12日午前9時7分(モスクワ時間)、ソ連が世界初の有人宇宙飛行としてヴォストーク1号の打ち上げに成功します。その宇宙船に搭乗したのは、先ほど玄関で私たちを迎えてくれたユーリー・ガガーリン飛行士でした。

△ガガーリンの生涯や、切磋琢磨しつつ訓練で優秀な成績を修め、ガガーリンの初飛行時にはバックアップ要員を務め、史上二人目の宇宙飛行士となったゲルマン・チトフ飛行士をはじめ、訓練の日々、そして臨場感あふれる108分間の宇宙飛行の様子は、ロスコスモスの公式YouTubeチャンネル(上)や、ロシア映画『Гагарин. Первый в космосе(邦題:ガガーリン 世界を変えた108分)』でも見ることができます。 

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△ソユーズ宇宙船のシミュレーター

ソ連では、ガガーリンの初飛行の成功後もつぎつぎとボストーク宇宙船が打ち上げられ、ヴォストーク6号では女性初の宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワが乗船して話題になりました。続くヴォスホートはこれまでの単身飛行でなく複数人の飛行士が乗船できるようになり、1965年のヴォスホート2号ではレオノフ飛行士が人類初の船外活動を成功させます。

ガガーリンがヴォストーク宇宙船で初飛行後の1962年には、ソユーズ宇宙船の開発が始められていました。もともとは月を周回して地球に帰還することを目的としていましたが(有人月周回は革命50周年にあたる1967年後半を、月面着陸は1970年第4四半期を予定していたと言われています)、その後、旧ソ連の宇宙計画の変更により、地上と国際宇宙ステーションの間で宇宙飛行士を輸送することが目的となりました。

1967年にはいよいよ新型のソユーズ宇宙船の初の有人飛行が行われましたが、悲劇的な結末を迎えてしまいました。しかし、その後の改良により、ソユーズは今日まで世界で最も安全な宇宙船のひとつとして活躍しつづけています。

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△ソユーズは3つの部分で構成されています。球体の軌道モジュール、 釣鐘型の帰還モジュール、そして翼のように太陽光パネルが付いている機器・推進モジュールです。打ち上げや帰還の時には帰還モジュールに乗り込みます。その後、宇宙に到達してから国際宇宙ステーションに着くまでの間は無重力状態で軌道モジュールで過ごします。機器・推進モジュールにはエンジンやさまざまな機器が搭載されています。訓練では、ソユーズの構造や構成を学び、実際の飛行と同様に訓練を行うことが出来ます。

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△三人乗りで、中央がコマンダー(船長)、その両脇がフライトエンジニアです。コマンダーの席は少し後方に設置されているため、なんと棒を使ってコントロールパネルを操作します。

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△座席は宇宙飛行士の身体に合わせて作られ、宇宙服とセットで身体を保護してくれます。身体にぴったりの座席を作るために、宇宙飛行士たちは型の中で膝を抱えて丸くなり、その周りに石膏を流し込みます。船内はとても狭いため、身長体重など身体の大きさにも厳しい制限があります。この狭い空間で、飛行士たちは乗り込んでから打ち上げまでの約2時間を過ごさなければならないのですが、ガガーリン飛行士の時代から宇宙船内では音楽を聴くことが出来るのだそうで、ガガーリンは「祖国は聞いている«Родина слышит»」(エヴゲーニー・ドルマトフスキー作詞、ドミートリイ・ショスタコーヴィチ作曲)を聞いたそうです。

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△70年代後半には、ソユーズ宇宙船をベースに、補給船プログレスも開発されました(写真右)。また、ガガーリンが乗車していた車(ソ連車ヴォルガ)とバイコヌール発車基地へ向かう宇宙飛行士たちをのせたバスも展示されていました(写真左)。ガガーリンは発射台へ向かう途中にこのバスを降りて用を足したそうで、それ以来発射台に向かう飛行士たちは縁起を担いで途中でトイレへ行くのだそうです。今年2020年11月に打ち上げられたアメリカの新型宇宙船スペースXでも、このロシアのユニークな伝統を引き継いで、発射台のそばにトイレが設けられました。

ソユーズ宇宙船は打ち上げから約10分で宇宙空間へ到達します。宇宙船のなかに吊るされていたマスコットが浮かび始めたら無重力になった証拠です。例えば、ロシアで初のサッカーワールドカップが開催された2018年に打ち上げられたソユーズのなかには、大会マスコットのザビワカ君が。その後、国際宇宙ステーション(ISS)の軌道に入り、国際宇宙ステーションにドッキングします。かつては約2日ほどかかりましたが、2020年にはこれまでで最速の約3時間でドッキングすることに成功しました。

アメリカのスペースシャトルが退役してからはロシアのソユーズ宇宙船が宇宙飛行士たちを宇宙へ運んできました。そしていよいよ2020年11月、アメリカの新型宇宙船スペースXが打ち上げに成功しました。日本の野口聡一飛行士を含む4名の宇宙飛行士が乗り込んだ船内は、タッチパネル式のコントロールパネルやデザイナーによるモードな宇宙服など、まるで映画「スターウォーズ」シリーズのような世界観も話題になっています。これから宇宙大国ロシアのソユーズ宇宙船は伝統を受け継ぎながらどのように進化していくのか・・・目が離せません!

モスクワ通信『コバルトブルーと白の世界!グジェリ陶器』

2020-11-09

(ロシア文化フェスティバルblogより)

ロシアの陶磁器と聞いてまず思い浮かべるのは、絢爛豪華に宮廷を彩る皇帝御用達だったサンクトペテルブルクのインペリアル・ポーセレンと、ぽってりとした厚みと素朴な使い心地が人気のモスクワ郊外グジェリで作られるグジェリ陶器でしょうか。雪のような白地にコバルトブルーのグラデーションで描かれた絵柄が魅力で、ロシア土産の定番のひとつとなっています。

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手描きの絵柄の美しさもさることながら、ティーセットをはじめとする実用性もある食器類、ありとあらゆる飾り物やおもちゃに至るまで、その豊かなバリエーションもグジェリの特徴です。そんな世界をさらに深めるために、モスクワの南東約60km(車で約2時間)の場所にあるグジェリへやってきました。

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△グジェリ村にはグジェリ陶器を扱うたくさんの工場やアーティストの工房、お店が点在しています。工場見学とミュージアムツアー、そして絵付け体験が出来るというОбъединение Гжельを訪れました。

【グジェリ陶器のミュージアム】

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△この小さな工房からこちらの工場の歴史が始まりました。

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△モスクワから来たというロシア人のツアー参加者も興味津々に聞き入っていました。グジェリ陶器がどのようにはじまり、どのように作られてきたのか時代ごとに歴史が紐解かれていきます。

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△自然豊かなこの地では、元々は農業が営まれていましたが、その土地は白い粘土に覆われ、必ずしも農業に適しているとはいえませんでした。しかしその良質な粘土こそが、今日まで7世紀以上もの間受け継がれてきたグジェリ陶器の誕生につながっているのです。гжельという陶器や村の名前は、焼くという意味の動詞жетьや“粘土を焼く”обжить глинуから来ているとも言われており、1328年の皇帝イヴァン1世の遺言状の中にもгжельという単語が記されているそうです。

古いものでは1320年頃の作品も明らかになっており、モスクワ大公国の一部となってますます盛んになっていきます。一時期は医薬省の薬品容器などを独占的に供給したことや、この地で農奴制がなかったことも産業の発達につながったようです。技術は世代から世代へと受け継がれながら、時代ごとの新たな試みや新たな才能が融合して、今日のようなグジェリ陶器へと成長していきます。

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△レジェンドとして名を連ねる職人さんたちの紹介とその傑作の数々が時代ごとに展示されています。それぞれに好んだモチーフや作品が違い、筆づかいや柄にも個性があって、同じような白と青の世界でも驚くほどに違う世界が広がります。

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△なかにはコバルトブルーの地に金で彩色されている作品も。金色がアクセントになっている作品は現在も人気があるそうです。

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△今のような白地にコバルトブルーで描かれるグジェリ陶器が定着したのは比較的最近だそうで、かつてはマヨルカ焼きの風味に似たカラフルな色使いが主流の時代もあったようです。

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△美しいグジェリ製のペーチカ(暖炉)も見ることができました。

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△チェス版に時計、シャンデリアに電話など、あらゆるものがグジェリで作られています。

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△ミュージアム&工場見学ツアーのガイドをしてくださったのは、アーティストの一人ヴィクトル・ハゾフさん。壁面に掲載されているお写真でお分かりいただけるように、奥様のタチヤナさんと共に製作にはげみつつ、グジェリの未来のためにその魅力を伝えています。

【グジェリ陶器の工場見学】

続いて、工場見学が始まりました。まずはグジェリ村の土を水と合わせて泥状にします。 

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△床に置かれた大きな容器には、グジェリの白い粘土と水が泥状になった液体が並々と入っています。ここからホースで石膏の型に流し込んでいきます。

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△あたりには所狭しと石膏型が積まれています。多くの石膏型はお弁当箱のように半分に分かれるようになっており、そのそれぞれに液体状の粘土を入れ、最後に合体させて立体にしていきます。石膏型は水分を吸収する性質があるため、液体状の粘土は石膏型に近い部分から固まり始めます。ティーポットなど内部が空洞のものは、熟練の職人が少し固まってきた段階を見計らって石膏型から余分な液体を取り除きます。

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△細工の施されたティーポットなどは、取手、注ぎ口、蓋など細かなパーツごとに型があり、それらを注意深く組み合わせて成形していきます。継ぎ目は小刀で削ったり、水をつけたスポンジや筆、指で撫でたりして、最終的には全く判別できない状態まで滑らかな外観となります。この状態では、力を加えると割れてしまうため、窯で8時間ほど素焼きして、よく乾燥させます。

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△素焼きして乾燥させた後、特別な赤い染料に作品を浸すと、白からほんのり優しいピンク色へ変化します。もしわずかなひび割れや小さな溝があるとそこに赤い液体が染み込んで目立つため、職人さんが厳しい目でひとつひとつチェックしていきます。そして選び抜かれたものに、グジェリと認める版が押されます。

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△続いて、この乾燥したピンク色の状態で、黒色の顔料(酸化コバルト)で絵付けをしていきます。さまざまな顔料のなかでも、コバルトは1300度以上の熱で焼かれる窯の中で鮮やかな色を保つことができます。

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△たくさんの筆を使い分け、スピーディーかつ正確に描いていく様子はまさに職人芸!見惚れてしまいます。この思いを込めて手をかけていく作業が、何ものにも変えがたい伝統手工芸品の良さであり、世界にたったひとつの宝物との出会いを届けてくれます。

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△ピンク地に黒い絵柄・・・本当にこれが白地に青い絵柄のグジェリ陶器になるのでしょうか!?

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△絵付けが終了したら、ベビーバスのような容器に入った釉薬にくぐらせていきます。せっかくの模様は見えなくなりのっぺらぼうに逆戻り・・・!

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△最後に窯でじっくりと焼いたら完成です!

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△不思議なことに、薄ピンク地に黒色で彩色されていた花瓶は、窯で焼かれるうちにお馴染みの白地にコバルトブルーのグジェリ陶器になっていました!サイズも焼く前に比べて小さくなり、丈夫になります。

【グジェリ陶器の絵付け体験】

さて、ミュージアムで歴史と素晴らしい作品を、工場で作り方を見学した後で、最後は絵付け体験です! 

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△小さな動物の置物から好きなものを選びます。

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△職人さんが、目の前で丁寧に描き方を指導してくださいます。透明な板に顔料を広げ、平筆の一部だけに顔料が付くようにします。筆についた顔料の濃淡で描くお花は基本のモチーフ!すらすらと完成させる様子を拝見していると、簡単そうに見えますが・・・これがなかなか難しいのです。

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△可愛らしいグジェリ柄のエプロンをつけて息子もチャレンジ!

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△その横で、職人さんの手は休むことなくつぎつぎと絵皿を完成させていきます。

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△以前絵付け体験をした子供たちの完成作も見せてもらいました。郵送あるいはモスクワのショッピングモールの中にあるお店で直接受け取ることもできるそうです。

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窓から見える美しいロシアの黄金の秋・・・!

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入り口脇には小さな直売店も併設されています。お買い得な値段で、お土産やさんでは見かけないような掘り出し物も!

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△周りにはたくさんのお店や工房が点在しているのでお気に入りを見つけてくださいね。

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ひとつひとつに素敵な味わいがあり時間を忘れてお店の中をうろうろ・・・お手頃な値段のものも多いので、ついあれもこれもと手にとってしまいます。日常生活で手軽に使えるのも嬉しいですね。