日本のなかのロシア〜墨田区・榎本武揚像〜

2016-12-23

ロシア文化フェスティバルblogより)

函館では幕末の最後を語るうえで印象深い箱館戦争の舞台となった五稜郭を訪れ、明治にシベリアを横断し、樺太千島交換条約に調印、ロシア特命全権公使を2年間務めた榎本武揚についてもご紹介いたしました。そして、ここ東京にも、榎本武揚像に出逢える場所があります。

 

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それがこちら、墨田区の向島にある梅若公園です。どこかロシアを彷彿とさせる広いまっすぐの道に延々と連なる巨大な団地群。防火壁の役割も果たしているという都営白鬚東アパートにお住まいの皆様の憩いの場に突如出現し、威厳あるお姿で彼方を見つめていらっしゃいます。

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榎本武揚が晩年住んでいたのも向島だったことから、この地に建立されたようです。

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台座には、『正二位勲一等子爵 榎本武揚像』と記され、

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台座の奥には『誠』の石碑も置かれています。

すぐ脇には、 東京都指定旧跡の『梅若塚』もあります。能楽や浄瑠璃、歌舞伎、謡曲などでは『隅田川』に登場する伝説の人物、梅若丸。平安時代、京の都から人買いにさらわれ、挙げ句の果てに隅田川のほとりで病に倒れてしまう12歳の梅若丸と、愛息を捜しつづけ、不幸な結末に絶望して墨田川に身を投じてしまう母を描いた胸の締めつけられるようなお話です。この塚は、身寄りのない梅若丸を看取り、母への想いとともに供養した墨田の人々の情深さの象徴ともいえます。

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現在、墨田川沿いには、『すみだが誇る世界の絵師 葛飾北斎が描いた風景をたどろう』という素敵な試みによって、16枚の北斎の絵と実際の風景を見比べながら散歩できるモデルコースなども紹介されています。

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榎本武揚像のある梅若公園付近の案内板には、代表作『富嶽三十六景』のなかの1枚『隅田川関谷の里』が解説されていました。

 

なお、都内には文京区・吉祥寺で榎本武揚のお墓を参拝することができます。また、墨田区でロシアにまつわる場所としてはほかに、回向院に帆掛け船の形をした海難供養碑があり、シベリアを横断してサンクトペテルブルグに赴きエカテリーナ女帝に謁見の後に帰国を果たしたロシア漂流民の大黒屋光太夫の名前が記されています。さらに詳しくお知りになりたい方は、『日本のなかのロシア』シリーズ全4冊(東洋書店ユーラシア・ブックレット)や、『ドラマチック・ロシア IN JAPAN』1〜3(生活ジャーナル、東洋書店)をご参照ください。