Superdry 極度乾燥(しなさい)と日本の「彫り物」文化

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モスクワのショッピングモールで初めて見かけて驚いたブランド、『Superdry 極度乾燥(しなさい)』(関連ブログ☆【ロシアのなかの日本】Superdry 極度乾燥(しなさい)!?

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創業者のイギリス人の方が、日本で出逢ったビールのスーパードライからインスピレーションを得てブランドコンセプトに採用したとか!?外国ではエキゾチックな魅力を持つ日本語は、ロンドンでもモスクワでも”おしゃれ“に取り入れられているようです。

ちょうど、日本の彫り物文化についてジャーナリストのAlice GordenkerさんのZoomレクチャーに参加しました。日本ではよく「刺青の方はお断り」という案内を目にするためか、これまでどこかちょっと怖いものという偏見を持ってしまっていましたが、縄文や弥生の時代から土器に見られ、古事記や日本書記にも記述があるという「彫り物」は、日本において長い歴史を誇り、江戸時代には粋な文化として根づいており、歌川広重の浮世絵などにも描かれています。近年、任侠ヤクザ映画の影響もあり、なぜか日本国内でこそ嫌厭されてしまっていますが、レクチャーで拝見したドキュメンタリーフィルムでは、江戸彫友会の方々が「入れ墨(江戸時代に刑罰の合図として黒の墨で入れられたもの)」や「タトゥー(ファッションとして断片的に入れるもの)」とは違う「彫り物」について熱く語ってくださっていました。信じる神やなりたいものを背中と腕に作品として彫り、人に見せるためではなく自らが背中に背負ったものに恥じないように生きるために彫るのだそうです。人と人、人と神をつなげる役割を持つ神社での大山詣りの様子もとても興味深く見ました。

△Horimono: Japan’s Tattoo Pilgrimage(We Meet an Artist Carrying On Japan’s Hand-Poked Tattoo Traditions

1881年に日本を訪れた若きPrince George(George Duke of York, then King George、現在のエリザベス女王のおじいさま)はこの彫り物の文化に大変興味を持ち、滞在中に腕にドラゴンとタイガーの彫り物を施したそうで、自筆の日記にもそのことが記されれいるのだそうです。

実は、ロシアのロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世も、皇太子時代の1891年(明治24年)に日本を訪れた際に、右腕に刺青を入れたことが明らかになっています。また、イギリスのチャーチル首相やソ連のスターリンも刺青を入れていたと言われています。

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ロンドンでは毎年、TattoのフェスティバルLondon Tattoo Conventionが開催されています。こちらで学校の先生の捲り上げたシャツの腕にタトゥーを見かけたこともありましたし、CBBC(子ども向けのBBC)のキャスターの首元にタトゥーを見つけ驚いたこともあります。英国でもロシアでも、タトゥーはとても人気があり、なかでも日本へのリスペクトも込めて日本語や漢字はよく使われています。

日本のアイヌ民族の文化のように、宗教的・民族的な理由でタトゥーを施す人たちもいますが、これから東京五輪の開催を前に世界中からお客様を迎えるにあたって、日本におけるタトゥーの歴史を改めて振り返り、正しく理解して判断していくことが必要だと感じました。

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